寒さも忘れて・・・



夜半から、雪が降り出した。
年に3度くらいは、雪が積もるんだけど、何年ぶりかの大雪で、どうしても出かけないといけないことがあって、8時半にタクシーを予約しておいた。
時間になって家に迎えに来たのは、タクシーの運転手さんだけ・・・
家の手前50mで、車が動かなくなって、歩いてきてもらい、肩を借りて32cmの雪に埋もれながら、タクシーに乗り込むことができた。
日ごろあまり声を聞いたことがない運転手さんは「溝がわからないけど、落ちたら動かないなぁ」とか、「視界が20mもないから、道もほとんどわからないなぁ」とぼくを不安にさせるばかり・・・
最後に「この辺に信号があるはずなんだけど、赤なのか青なのかわからんなぁ?」と言って、車を止めてしまった。
ぼくの頭の中は、不安の文字が大きく膨らんで、駅にたどり着いたら、遅れていたのもあるけど、ほっとした気分だった。
待合室には、「予讃線に雪の発生で、少々遅れています」のアナウンスが流れてた。
30分経ったときから、少々が大幅に遅れていますに、替わっていた。
その頃から、待合室には何人いたかは定かでないけど、ほとんどの人が立っている状態になっていた。
そして、駅員さんから「2つ手前の駅に汽車が止まっています」と声が聞こえたのは、1時間後だった。
すると、たくさんの人が一瞬、静かになって伝言ゲームでもしているように、駅員さんの言葉を伝えてる。
駅の扉は2つとも開けっ放しになって、寒いはずなんだけど、汽車に乗って出かけたいの一心で、一体感が寒さを忘れさせてくれてた。
アナウンスは、オウムのように「大幅に遅れています」の繰り返しで、一瞬だけシーンとなるんだけど、すぐに「ちゃんとした状況を教えてぇ」の声が聞こえるたびに、一体感が増してくる。
1時間半後に、駅員さんが「隣の駅まできていますが、ブレーキが効かないので最徐行できています」と、そして、伝言ゲームの始まり!
伝言が伝わらない前に、「ブレーキって、大丈夫なのかぁ?」の大きな声。
でも、誰も帰ろうとしてなかったように思う。
今考えると変なんだけど、ものすごい一体感で全員が汽車を待っていたように思う。
2時間20分後に、「そこまで来ていますので、ホームにでて待っていてください」と駅員さんが言うと、みんなぞろぞろとホームに歩いていきながら、「ここが滑るよ」とか「ゆっくり階段を上ってね」とか、まだ伝言ゲームを続けてる。
視界は20mで、やっと汽車が見えたときに、「人が歩いているくらいのスピードできてるよ」と最後の伝言があった。
目の前に汽車が到着したときに、ブレーキが効かないって、ちゃんと止まれるのかなぁ?と不安が頭の中を駆け抜けた。
そんな心配もよそに、やっとの思いで暖かい席に座れることができ、足先や指の感覚が戻ってきて、ジーンとしてきてたけど、少し走ると、急な下り坂なんだけど、ブレーキはどうなんだろうかと、不安の文字が頭の中で解凍されたみたいに大きく膨らんでいた。
階段を滑らないように肩を貸してもらえたり、最後に伝言を伝えてもらった人が座れたかどうかを確認しにきてもらえたり、暖かい想いをさせてもらえた。


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