第1章 運命のインコ・エスト
運命の出会い
『運命の出会い』。
それは素敵な響きではあるけど、かなり特別な出来事で、私が体験する事はまずないだろう、と思っていました。
だけど、それは突然やってきたのです。

2001年5月23日、当時私の職場にしては珍しく残業続きで、この日も3時間の残業を終えて、最寄り駅に着いた時、携帯にG3君から何回も着信とメールがあった事に気が付きました。(呼び出し音をよく聞き逃すので、緊急の連絡の意味無し)かけなおしてみると、かなり不機嫌そうなG3君の声が。
私は朝、「今日も3時間くらい残業になりそう」とメールしたのだけど、「くらい」でなく、正確な残業時間を知りたかったG3君は、何度も確認の電話(メールも)をかけていたと言うのです。
心配してくれてたのは分かったとはいえ、頭ごなしに怒られると、伝えてたつもりだった私もムッときて、プチ喧嘩状態になり、怒りに任せて電話を切り、即電源も切ってしまいました。ほぼ八つ当たりなのは分かってる。でも、こんな気分のまま、まっすぐうちに帰れない…。
もう夜10時近かったのに、とりあえず駅周辺のコンビに巡りして、G3君が迎えに来てくれても鉢合わせしないよう(かなり周到?)、遠回りしていつもと違う道をとぼとぼ歩いていた、その時。

うつむき加減の目の端に、何か黄色くて小さなものが写りました。
黄色い鳥?まさか、こんな夜に小鳥が!?
マンションの自転車置き場の隅っこに、確かに黄色いインコがぽつんと佇んでいました。普段正面向いて歩いてたら、見落とす位置だったと思われます。どこかから逃げてきたのか、インコは動く気配もなくじっとしてます。
セキセイインコみたいだけど、夜は鳥目で見えなくて動けないのかな。どうしよう?一晩このままだと、猫やカラスにやられてしまうんじゃ…。いや、間違いなく死んでしまうよ!でも連れて帰ってどうするの?猫なら飼いたいと思ってたけど、鳥なんて考えたこともないのに。

一度手を出したら引くことは出来ない気がして、かなり逡巡しながらも、最後は「ええい、いざとなったらうちで飼えばいいんだ!」と覚悟を決めました。逃げるかもしれないと思いつつも、とりあえず差し出してみた指に、ためらうことなく飛び乗ってきた小さな迷い子。

やけにあっさり乗ってきたよ?暗くて動けないんじゃなかったの?しかも、全然怖がらないし。やっぱり飼われてたんだ。なら、飼い主が探しているかも?あたりを見回し、しばらく待ってみたけど誰も探してなさそうです。その間、夜の道端でインコを手にキョロキョロしてる、かなり怪しいヒト状態の私でしたが、やがて覚悟を決めました。「じゃ、うちに来る?」
うちに向かい歩き出すと、インコは指からぴょん、と肩に飛び移りました。こうして、拾ったインコを肩に乗せ、当時の我が家にお持ち帰りとなったのでした。
帰ったはいいけど、まだ喧嘩中だったので、バツ悪くドアを開けようとすると鍵がかかってました。G3君は予想通り、携帯切って帰ってこない私を探しに出ていたのです。さてどうしたものか、と考えてるうちにG3君も帰ってきました。
「いやー、町内一周して来た…、うわっ、ビックリした!」インコがいきなりG3君に飛び乗りました。G3君唖然です。
「なんや、コレ、なんや!」「インコ。拾ったの」「はぁ?」いきなりの珍客に、喧嘩していた事もどこかに吹っ飛んでしまった私たち。

こうして運命的な出会いの下、私たちの人生を大きく変えることになったインコ・エストは、我が家に舞い降りてきたのです。
最初から遠慮のないインコでした…
 なんとなく差し出してみた指に、遠慮なく飛び乗って来たインコの図


インコは何を食べる
迷いインコを拾ったけど、この時はまだ運命の出会いと感じる訳もなく、その処遇に大層苦慮したものでした。
なにしろ小鳥なんて、実家で飼ってた事もあったけど、それが十姉妹だったか文鳥だったかも定かではないほど遠い昔(小学校入学前?)のあやふやな記憶しかなかったし、G3君に至っては小鳥経験まったく無し。さあ、どうする?
うちで飼う飼わないは別にして、とにかく居場所を確保して、餌を与えるというのが妥当な線でしょうが、我が家には鳥籠はもちろん、インコの餌になりそうなものなど何もありません。

とりあえず鳥籠の代わりに、小さめの段ボール箱に新聞紙を敷き、そこにインコを入れてみました。次は餌です。インコに関してたいした知識はないけど、なんでもかんでもやっちゃいけなかった気がします。
とはいえ、もう夜も10時過ぎ。他に開いてるお店もないし、無理を承知で近所のコンビニを3件ハシゴするも、当然の如くフラれて考え付いた苦肉の策は、ミックスナッツでした。インコは木の実を食べるようなイメージがどこかにあったのですが、それはセキセイインコではない別のインコだと知ったのは後日のこと。その時は野菜を与えてみる等他の選択肢は思い浮かばなかったのでした。
ミックスナッツは塩などがまぶしてあるので、さすがにそのまま与えてはマズイだろうと、一度洗ってレンジで軽く乾かし、さらに食べやすいよう細かく砕いてみました。それをエッグスタンドに入れてダンボール箱に置いておきましたが、ほとんど(全然?)食べてはいなかったようです。
それでも一応餌を与えた事実に自己満足した私たち。他に水と止まり木代わりになるかと適当な台を入れて、段ボール箱の上にはG3君の釣り用海老ネットという網で出来たカゴのようなものを乗せて、その夜を過ごさせたのでした。

次の日も平日、仕事人である私たち夫婦は出勤となります。ダンボール箱のいいかげんな小屋(?)と、他に用意できなかった為いいかげんな餌のまま、インコをうちに置いておくのも気が引けたのですが、まさか会社を休む訳にもいかずに、私たちは後ろ髪を引かれつつも出勤したのでした。何も知らなかったからこそ出来た事です。ええ、今ならほぼ丸一日ちゃんとした餌を与えないなんて、まずG3君が絶対許しません!最低でも午前中会社を休み、お店が開くのを待ちあぐねて餌を買いに走る事でしょう。

この日も残業だった私は、定時で帰る予定のG3君に餌を買って与えてくれるように頼んでいました。動物に興味なかったG3君がどこまで対応してくれるかは、ちょっと不安だったりしたのですが…。
携帯が鳴ったのは、まだ残業中の6時前頃。「今帰ったけど、インコがいない!」「えーっ?」ダンボールの小屋にカゴを軽く乗せただけだったので、隙間から脱走してしまったらしいのです。「鳥籠も買ったのにどーするねん!」「か、籠まで買ったの?」頼んだのは餌だけだったのに、完全主義のG3君は小鳥を飼う為の用具を一式揃えてしまっていたのでした。しかし、うちから外に出るような隙間はないのだから、部屋のどこかにいるはずだけど?「あ、台所の床の隅っこにいた!」やっぱりいた?よ、よかったー。ほっ。

それにつけても、当時既にインターネットという手段を持っていながら、インコについて検索して調べるまでに至らなかったのは、我ながらどうにもオマヌケでした。あまりにも突然すぎて、そんなところまで気が回らなかったとしか言い様がないっていうのか…(; ̄ー ̄A

オマケに、もっと後になって気が付いたのです。あの日ほとんど何も食べてなかったエストが、脱走して台所までたどり着いた時、その床に見つけたもの。
掃除は週に一度(以下)の床には、ゴミに混じって食べこぼしたパンくずやら米粒やら、何か得体の知れないものまでが…?エスト!も、もしかして、ソレで食いつないでた?食べてた?ひー!!
↑1年以上たってから思い至っても遅すぎ…
いやしんぼなのも最初から?
お腹を空かせて脱走したインコが、落ちてたゴミくずをついばむ想像図


仮の名は『チョコ』
やっとまともな餌と鳥籠(ケージ)のおうちを提供しあげたこの迷いインコ、餌はガツガツ食べまくったけど、ケージはあまりお気に召さなかったようです。中に入れた途端ケージに張り付き、ビービー鳴いての「出して」コール。小鳥は鳥かごの中にいるものだと思っていた初心者の私たちは面食らったものでした。扉を開けると、待ってましたと指に飛び乗り、腕を伝い、肩まで登ってきます。どうも指に止まっているより肩にいる方が落ち着くみたいでした。
完全な手乗りじゃないのかもしれませんが、人に馴れているのだからどこかで飼われていたのは確実です。やはり飼い主さん探しを考えなきゃ。
でも、どうやって?

手段として思いついたのは、自分たちで作る貼り紙か、地域のコミュニティ誌に掲載をお願いする事くらいでした。迷子探しの貼り紙は時々街角で見掛けますが、保護した方の貼り紙はあまり見ないものです。だいたい誰が見てるか分からないのに連絡先を記入するのも不安があります。コミニュティ誌は投稿してから掲載されるまでタイムラグを考えると、果たして効果あるのかなぁ?
インターネットの迷子情報利用まで思い至らなかったこともあり、結局飼い主探しは、せいぜい近所で迷いインコの貼り紙がないか気をつける、という消極的な方向へ落ち着いてきてました。

飼い主探しにあまり積極的にならなかったのは、職場でセキセイインコを拾った話をした時、「飼ってもいい」との申し出があり、ちょっと安心したせいもありました。しかし一番の理由は、なんだかこのインコが可愛く思えてきて、元親さんが見つからないのなら、いっそうちで飼おうかと思い始めたからです。

籠から出すと嬉しそうに腕を伝い登り、ちょこんと肩に乗る小さなインコ。
こんな姿を見せられると、情も移ってくるというものです。本当は、いつか猫を飼いたかったんだけど、インコから懐かれるという初めての体験に戸惑いつつも、気持ちはグラグラとこのインコに傾いていたのでした。
この「インコ」に…。

そうだ!飼う飼わないは置いといて、名前がないと呼ぶのに不便だから、仮でもいいから名前を付けてあげよう!うーん、そうだなぁ…。ちょこん!と肩に乗ってる姿から「チョコ」でいいかな?

前日の夜から呼び名をつけようかとG3君に相談していたけど、朝の通勤電車の中で決心を固め、早速「チョコ(仮)」と呼ぶことにしたとG3君に携帯メールを入れました。「チョコでいいんじゃない?」まさか本気で飼う事になると思ってなかったG3君からの返信は、ちょっとそっけなく感じましたが、私も「(仮)」と入れるあたり、迷いがあった気がします。ただそれは、本当にうちで飼うかという迷いより、本当に「チョコ」という名前に決めていいものか?という迷いでした。
なんといっても命名は大事です!名前の付け方によって、運命が決まる事だって多々あるのです。

そう、運命が決まる時…
「チョコ(仮)」と我が家の運命は、ほどなく決定しようとしていました。
肩の上は今でも緊急避難所です
肩にちょこん!と乗る「チョコ(仮)」
この可愛さにに惑わされました。


そしてエストへ
バカの一つ覚えの如く、運命、運命と繰り返してきましたが、実のところ、我が家で飼うと決めたのが何日だったのか、はっきりは覚えてないのです。それは最初に出会った時、自分でも知らず知らずのうちに覚悟を決めていたせいなのかもしれません。たまたま夜道ではぐれインコを見つけてしまっただけとはいえ、ここで手を差し伸べるという事は、ひとつの命を丸ごと引き受けること。重大な決断です。短い時間でしたが本当に迷いました。でも目の前の小さな迷い子を、どうして見捨てたり出来るでしょう?
大丈夫。もし飼い主さんや里親さんが見つからなくても、ちゃんと私が飼ってあげるからね!…運命は既に動き始めていたのでした。

「やっぱり、うちで飼おうと思うんだけど」
言葉となって出てきたのは、多分6月になってから、拾って2週間ほど経った頃だったと思います。インコの可愛さを感じ始めていたG3君も、全然反対しませんでしたが、うちで飼う自信はなかったそうです。でも私はG3君の性格は読んでました。たとえ猫でもインコでも、一度飼ってしまえばこっちのもの。情にほだされ、可愛さに負け、うちのコバカになる日は遠くない!(実際、私も驚くほどの馬鹿可愛がりのインコバカとなった訳です…)

ついでに「チョコ(仮)」という名前も、なんだかしっくり来なくて呼びにくいから変えたいと相談すると、G3君も「そうやな」と一瞬考え、「エストはどう?」
いわゆる天から下りて来たってヤツで、深い考えはなかったらしいです。でも「ファイブスター物語」という漫画の中で、エストがマスター(主)を探して彷徨っているというくだりが、迷いインコを拾ったトコにピッタリだったのと、夫婦揃って女キャラミーハーな為、インコも女のコだったらいいなぁ♪という密かな願望が重なって、「エスト!いい感じだね!」と即決。当のエストも呼ばれ始めて間を置かず、「エスト、エスト!」としゃべり出したので気に入ったに違いありません。
(実はエストが男のコだったと分かったり、エストがしゃべってビックリ!とかの話は、第2章にて…)

いつか猫と暮らすのが夢でした。
『運命の出会い』なんて劇的なことまでは望まないけど、なんらかの事情で猫を飼う事になったら、きっとそれが私の運命の猫。そのコと幸せな猫ライフを送るんだ!そう願っておりました。
結局巡りあったのは、夢にも思わなかったセキセイインコだった訳ですが、それもまた人生。しかも夫婦揃って「インコを知らなかった今までの人生、なんて損をしてきたことか!」と悔やむほどのインコバカになってしまったのだから、まったく人生は分からないものです。

あの日、残業で遅くならなかったら。
メールの連絡ミスで、G3君と喧嘩をしなかったら。
変な遠回りをしなかったら。

夜道で見つけた黄色いインコ。拾うのが宿命だったかのような出会いを経て、エストという名前を与えらた小さな天使は、我が家に留まることになりました。
元の飼い主さん、たいして探さないままエストをうちのコにしちゃって、本当にごめんなさい!もうエストは返せません…。でも、とても感謝してます。エストのおかげで私たちはインコと暮らす幸せを知ったのですから。

そして、エスト。エストは幸せ?私たちは沢山の幸せをエストからもらってるよ。可愛いさと幸せを先払いでもらい続けている借金(!)生活。ちゃんとお世話でお返しするべく頑張るけど、このローンはかなり返済が難しそう。住宅ローンは10年以内の完済を目指してますが、「幸福ローン」の方は先が見えないんだから、覚悟してうんと長生きしてね、エスト。
幸せにまみれるローン生活は、これからも当分続く予定です。
新しい名前、気に入ってよかった!
エストが初めてしゃべった言葉は、
やっぱり自分の名前でした。
Chapter 1, the end..


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