〜 New York City 〜

●2003年5月 ニューヨーク滞在記

第一日目 ニュー・アーク国際空港

  ニュー・ヨーク(以下NY)といえばジョン・F・ケネディ空港だと思ってたけど、ニュー・アークも悪くなかった。最近改装でもしたのかピカピカしてたし、空港内を回るエア・トレインも便利だった。エア・トレインからNJトランジットに乗り換えてマンハッタンまで行けるので、JFKからタクシーに乗るよりもはるかに安上がりだ。NYは何かとお金のかかりそうな街なので、少しでも倹約できるのは嬉しかった。しかしJFKからだと、タクシーの窓からだんだん近付いてくるマンハッタンを見て「ああ、NYに来たんだ!」と実感できるらしいが、ニュー・アークからの場合摩天楼が見える前に電車は地下に潜ってしまい、そのままマジソン・スクエア・ガーデンの地下にあるペンシルヴェニア・ステーションに滑り込むので、なんか騙された気分だ。しかもいきなりローカルな電車に乗って、バリバリ地元の人たちに揉まれるので旅の最初から緊張させられる。ほぼ満員の車内にはスーツ・ケースを持った旅行者はほとんどおらず、でかい荷物を持ってデッキ付近にいる自分は非常に肩身の狭い思いをしていた。まるでラッシュ時の山手線にスーツ・ケースを持って乗り込んだメイワクな外人観光客のようなものだ。車両は古く、お世辞にも綺麗とは言えないし、乗客も黒人やヒスパニックの比率がやけに高い。まるで第三世界の三等車両に乗ってるみたいで、世界一の都市の電車に乗っている感じはしない。僕のすぐ脇で図体のデカイ黒人同士がデカイ声でずーっと喋っているが、早すぎて何を言ってるのかサッパリ分からない。急に自分の英語が“非ネイティヴ同士なら通 じる” 程度のシロモノだということを思い出し、これから12日間大丈夫かな〜と少し心細くなる。そうこうしている内にペン・ステーションに着いた。ちょうど夕方の帰宅ラッシュ時らしく、駅の構内も人でごったがえしていた。とりあえず地上に出て、タクシーをつかまえなくてはならない。しかしいきなり異国の地下鉄の駅構内では、土地勘どころか方向感覚さえ怪しいので、誰かに聞いてみることにした。すると近くに太った白人の警官二人がふんぞりかえってお喋りしているカウンターのようなものがあったので、そこに向かってスーツ・ケースを転がした。カウンターは異常に高く、まるで小人になったような気分で、一段高くなった処にいる警官に聞いてみた。このカウンターの内と外との不自然な高低差は、無理矢理彼等の威厳を保とうとしているみたいに思えた。「7番街に出るにはどっちに行けばいいんですか?」。丁寧に聞いたつもりだったが、警官は「バカなこと聞きやがる」とでも言いたげに、ぶっきらぼうに方向を指差した。

  地下から出てきた僕が初めて目にしたNYの風景は赤茶けたレンガ作りの、窓に鉄格子のはまったボロいビルに切り取られた夕方の薄青い空だった。およそNYっぽくないシケた光景だったが、後にそれこそが自分にとってのこの街のイメージとなっていた。 駅のタクシー乗り場には既に十組くらいの客が並んでいた。自分の番が来るまで観察していたが、タクシーの運転手は黒人かインド系またはアラブ系ばかりだった。ロバート・デ・ニーロのような白人は一人もいないようだった。 タクシーに乗り込んでホテルの名をを告げると、運転手はそのホテルを知らなかったので、番地をメモした紙切れをわたした。 ようやくNYの街に滑り出したイエロー・キャブはたちどころに渋滞にはまり、思いがけず車窓からゆっくりとニューヨーカーを見物をする機会を僕に与えてくれた。夕方のラッシュど真ん中で、車道には車が、歩道には歩行者が溢れかえっていた。 ショックとも言える程心を打たれたのは、その人種の多様さだった。白いの、黒いの、茶色いの、黄色いの、ノッポな奴、チビな奴、デブな奴。それぞれの差異の幅は東京のそれとは比べ物にならない。そのとき頭に浮かんだのは『スター・ウォーズ』に出てくる惑星タトゥイーンの街だった。あらゆる異形の異星人達が混じりあって通 りを歩いている光景、NYの繁華街はタトゥイーンの市場そのものだ。そして早くも自分はこの街の本質を理解させられた。この街を世界一たらしめているのは、この人種の無秩序なまでの多様さに尽きるということを。

  車はようやく渋滞を抜け8番街から50丁目に右折し、シアター・ディストリクトに入っていった。今日から二泊する予定の『アムステルダム・コート』はガーシュイン・シアターの正面 にある、なるほど立地はよいが運転手が知らないのは当然と言える小さい古ホテルだった。 そもそもこのホテルを選んだのは次の日に用がある場所に非常に近いのと、なんと言っても値段が安かったからだ。インターネットでホテル探しを始めてすぐ、 NYの宿がバカ高いことを知った。勿論高いホテルはどこの国にもあるが、NYには安いホテルが無かった。平均的ホテルで軒並み一泊150ドル以上、安そうなホテルでも100ドルはする。かといって川向こうのニュー・ジャージーの民宿では不便すぎる。お気楽に一泊あたり5千円くらいで考えていた自分にとっては、これは致命的な予算オーバーだった。現地で11泊する予定だったので、一泊100ドルとしても宿泊代だけで13万以上かかってしまう。実はここで僕は一度、旅行予定を大幅に短縮しようかとも思った。セコイようだが、現地で仕事絡みで散財する予定があったので、そうそう財布のヒモは緩められなかったのだ。しかし後日、幸運にもNYに住むデザイン学校時代の友人のそのまた友人の家に泊めてもらえることになり、最初の2晩だけホテルに泊まればいいことになったのだ。これは本当に助かった。というわけでインターネットのホテル・ディスカウント・サイトで見つけたこの古ホテルに予約を入れた。ディスカウントのおかげで一泊あたり80ドルくらいになり、当初の予算はかるく超えているが2泊だけと思えば気にならなかった。それにしても9.11以降、NYのホテルは空いていて値下げしているんじゃないかと思っていたが、大間違いだった。タイムズ・スクエアは日本人以外の観光客で溢れかえっていたし。

  無事チェック・インを済ませ、部屋に入る。日当たりが異常に悪い。窓を開ければ目の前に隣のビルのレンガの壁がある。 窓から頭を突き出して上を見ると、はるか上に細長い空が見える。ビルとビルの隙間には長年にわたって沈澱したと思われるゴミの山がある。日本なら一泊4000円がいいところだな、と思いつつ荷物を広げ、ベッドに大の字になった。急に東京から飛行機で13時間かかったことを体が思い出した。

NEXT / chamber N / GATEWAY