像高が370〜390ミリ、十一面観音上半身の画像がほぼ等寸です。
黒印状が慶長17年、納入はほぼ同時期から少し遅れているかかもしれませんが
素木に彩色の技法等は、この時代の少し前に存在した南都宿院仏師の作例に近いと思われます。