歴代住僧表   建造物造営年代表   遠賀神社祭神一覧   一山組織   勧請記録
 おまけ 自分が欲しかったので 縁日一覧(別窓)

   過去帳・開山堂位牌より (師僧の供養目的の位牌もあると思われ 全てが住していたとも限らない)
西暦和暦   
源楽 832天長9開山淳和天皇第三皇子 当山開基源楽上人大和尚位
満空1108嘉祥3二世(記録に二世とあるが無理がある)
満阿1103建仁3及栄遺状に登場
如海1460長禄4掛仏銘文文明17(1485)年にも二次史料あり
及秀1594文禄 3及栄の師
及栄1614慶長19442中興 1世
快誉1618元和 410中興 2世
及海1629寛永610中興 3世
及宗1629寛永612中興 4世
及誉1647正保44中興 5世
快宗1660万治37中興 6世
快秀1669寛文94中興 7世
及栄1672寛文129中興 8世
及慶1673寛文133中興 9世亀田薬王寺延宝1年転住
及昌1692元禄511中興10世
尊寿1701元禄145中興11世
青山1701元禄1410中興12世
範有1744延享1729中興13世
宥運1744延享1121法師
有榮1751宝暦178中興14世法印
有貞1753宝暦381傳燈大阿闍梨法印有貞
恵觀1755宝暦5715権大僧都律師法印阿闍梨恵觀 不生位
宥嶽1765明和228傳燈大阿闍梨宥嶽 権大僧都
有傳1765明和2104権大僧都法印有傳
有貞1766明和381中興17世
有諄1769明和6714中興18世
有尊1773安永23有貞 資 法師
有昌1777安永683中興15世龍覚寺住
有長1782天明2313中興16世龍覚寺住
有秀1784天明4110中興19世
離塵1807文化44宥成 資 法師 柳福寺住
實因1807文化884 大阿闍梨法印實因不生位 
慶浩1807文化8122 権大僧都法印慶浩不生位弟子遍明建
無為1815文化12221中興21世 法印無為霊武州蕨三学院字秀厳
 字 秀諦  (位牌は二基あり 宥延と併記の物)
唯心1816文化13414中興22世
実相1815文化1211唯心 資 法師
唯心1816文化13414中興22世 法印唯心
隆成1821 文政4322  法印隆成
有成1822文政5322中興20世 
宥延1827文政10422法印 位牌は無為と併記
大阿1834天保5429中興24世字 博幢
邦秀1836天保7314中興23世法印 字は光寛
純成1837天保8812中興25世法印 字は真明本庄ニテ出生也
慶浩1837天保884権大僧都法印慶浩不生位 弟子遍明建
實因1837天保884権大僧都法印實因不生位 弟子實勝建
最有1841天保121129中興26世
教順1847弘化4125贈法印教順漆塗位牌
秀弁1855安政2121法師秀伝 資
秀伝1867慶應31854中興27世
實全不明 (不明分順不同)法印實全 本不生位 (併記)
眞阿法師眞阿本不生位
實勝不明法印法印實勝位
眞融不明法印法印眞融位
秀法不明法印傳燈大阿闍梨秀法和上位 六角回転経筒屋根付
周芳不明法印傳燈大阿闍梨周芳和上位(文字は朱)
廣大不明法印法印廣大位
宥秀不明法印法印宥秀位
實仁不明 法印實仁各霊不生位 (併記)
實周法印實周
湛静不明 傳燈大阿闍梨湛静 本不生位 (併記)
亮應傳燈大阿闍梨亮應
亮明不明 傳燈大阿闍梨亮明本不生位 (併記)
覺明大比丘覺明和上
實道1870明治3109法印
宥諄1873明治6714傳燈大阿闍梨法印宥諄和尚不生位
實翁1876明治9715
及賢1888明治21221中興28世伊佐氏龍覚寺住11年 
秀存1903明治366秀法 資 法師
秀應1911明治4411840小僧都秀應和上 本不生貫識 資 大経寺住職
周弁1919大正883016周慶 資 法師 小野氏=甚識 州司 遺言につき父墓の隣に葬る
貫識1928昭和3527中興29世中里氏湯田川住49年
周慶1940昭和1544中興30世安藤氏傳燈大阿闍梨周慶本不生位
周範1940昭和1512242中興31世大江氏 東根市関山生傳燈大阿闍梨周範和上位
榮繕  alive中興32世大沢氏先住 酒田市生石延命寺生
淳志 alive中興33世大沢氏現住 当山生

  旦那・縁者の位牌 (開山堂)
戒名 俗名西暦和暦

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中性院先徳覺?(バン)上人大和尚位 1144康治21221 興教大師
 比企藤四郎能員1203建仁392 
巌有院殿贈正一位大相国公神祇武藤助平1425應永2311875大職冠鎌足公十八世孫京兆晴時入道浄昌子息
武藤左京太夫藤原景時文治五已酉年初冬依
将軍頼朝公勅命庄内住云々 諺曰義経討死後押云々
続後八代孫武藤出羽守藤原助平公當山大檀那也
應永三十二乙已歳正月十八日卒去壽七十有五歳
東照大権現神祇徳川家康         新旧二基あり
智積院僧正亮海大和上尊位
 六波羅贈僧正行海大和上
         亮僧正者無為和尚傳法之阿闍梨也
行僧正者亮僧正之資而予傳法之大阿也
小僧今歳住當山尊牌調 (予=小僧=不明)
増田宗為居士
壽山貞量大姉
忍應智戒大姉
秀傳父増田為治
   母於初
   妹於豊
        秀傳 慈父増田為治
慈母佐藤林四郎娘於初
妹於豊(本堂正面の鏡に於豊奉納銘あり)
贈権僧正亮誘大和尚 1853嘉永637 嘉永六癸丑年三月七日寂圓福寺住字智源
右為追福修善従贈嵯峨御所贈官頂戴寄付の事
 智山前側席」識明
長壽院殿前金吾英譽法安養世居士         不明 情報求めます
光禅寺殿玉山白公大居士最上義光 1614  慶長1911869七五桐菊の紋二つ並べて上端に
龍洞院殿前國司玉三道珀大居士         不明 情報求めます
歓喜院殿心誉南然道悟大居士酒井忠器1854  嘉永7320 酢漿草紋 庄内藩第 8代藩主
泰雲院殿仰誉俊徳瑞光大居士酒井忠寛1862  文久2118 酢漿草紋 庄内藩第10代藩主
積善海成沢栄吉    大正132177寺田桜池山圓蔵院 留守役
積善妙戒大姉成沢よし    大正13226  
花頂妙薫大姉
    昭和1261271秀法和上後妻
常楽院周室美恵大姉
安藤みへ   昭和314680安藤周慶妻








    (神社、亡失分含む)
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  名    称年代備 考
庭園1600頃中興一世及栄上人作と伝える。
梵鐘、鐘楼1734亡失 現摂社生国社付近1859建替
石造宝篋印塔1745塔の山上にあったが後世移設
追分石1764塔の腰参道分岐点にあったが後世移設
本地堂1788焼失 観音堂、本堂。現神社拝殿の所
庫院179317間×7間、書院
護摩堂1811現在本堂
神社拝殿1854明治初まで仁王門、移築して神社拝殿
疏水泉1860神社直会殿横
石鳥居1861塔の腰鳥居ヶ岡より現在地に後世移設
愛宕権現石碑1861塔の山上にあったが後世移設
石灯籠1862神社拝殿前
石垣、石畳1862神社参道
鎮守社外殿1862焼失
末社山王社1862焼失
弁天堂1863亡失 (後厳島神社) 現鳥居前消防ポンプ小屋の所
疱瘡麻疹社1863焼失
宝蔵1908改築
開山堂1923       土蔵造り
渡り廊下1983以前の物は1818年 老朽化二尺四方の窓が両側に一つづつという剰りの暗さに前住職が全面窓にするも今度は明るすぎ
仁王門1992再建
江戸末期にはその他に、位牌堂(開山堂:現在の本社のあたり)。
末寺として、釈迦院、不退坊、円光坊、威徳院、大学坊、杖林坊の六供がありました。
 神社としては 神門、拝殿、本殿、豊受宮、神楽殿、直会殿。
末社として日枝社、天満宮、住吉社、八幡社、春日社、稲荷社、皇太社、愛宕社などが
山内にありましたが明治9年の火災で焼失しています。
昭和30年頃井上義郎が描いた復元鳥瞰図が書院上段の間横板戸風神図(大正12年頃石川拝山画)の上に掲げてあります。

 

 

 



 遠賀神社文書よりそのまま転載させていただきました。
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  本   社                   祭  神

  6 柱
豊受大神(とゆけのおおかみ) 、鳴雷神(なるいかづちのかみ) 、高?(たかおかみ:雨冠に口3つに龍、歴史詳細参照)、和久産巣日神(わくむすびのかみ) 、大山祇神(おおやまづみのかみ) 、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
  境内末社                   祭  神
 皇大神社天照大神(あまてらすおおみかみ)
 愛宕神社 軻遇突智命(かぐつちのみこと) 、伊弉冉尊(いざなみのみこと) 
 日枝神社 大己貴神(おおなむちのかみ)、仲姫命(なかつひめのみこと)、山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)
 八幡神社応神天皇、玉依毘売命(やまよりひめのみこと)、神功皇后
 春日神社 武甕槌神(たけみかづちのかみ) 、経津主神 (ふつぬしのかみ)、天兒屋根命(あめのこやねのみこと) 、比売神(ひめかみ) 
 太宰府神社 菅原道真公 、吉祥姫中将殿(きっしょうひめちゅうじょうとの)
 稲荷神社 倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 、素戔鳴尊 (すさのおのみこと)、 大己貴神(おおなむちのかみ)、大市姫神(おおいちひめのかみ) 、五十猛命(いそたけるのみこと) 
 住吉神社 上筒之男命 (うわつつのおのみこと)、中筒之男命 (なかつつのおのみこと)、底筒之男命(そこつつのおのみこと)気長足比売尊(おきながたらしひめのみこと)(=神功皇后と同一神) 
 疱瘡神社少彦名尊(すくなひこなのみこと) 、大己貴神(おおなむちのみこと) 
  境外摂社                    祭  神
 白山日盗_社
(すらやまひめのかみやしろ)
菊理媛神(きくりひめのかみ)、伊弉冉尊(いざなみのみこと) 
 厳島神社 田心姫命(たごりひめのみこと) 、湍津姫命 (たぎつひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
 生国神社
(いくくにのかみやしろ)
大地主神(おおとこぬしのかみ) 、大国魂神(おおくにたまのかみ) 
  現在は境内摂社として生国社が遷座して残り、他は本社に合祀されています。 祭神数は神社としては異例な多さの38柱、パンテオンまさに曼荼羅世界です。




石高比較     単位石
1612年
慶長17年
最上氏寄進状
1630年
寛永5年
酒井家
1706年
宝永5年
酒井家
1809年
文化6年
酒井家
   大日山 井岡寺 [ 総 高 ]          142.634172.552172.552172.552
 
 学頭    不動院  阿伽井坊23.69030.85130.85130.851
 末寺立覚寺(1663離末証文)         
柳福寺(1666離末証文)    
東昌寺(江戸以前離末)    
桜池山 円蔵院         
 六供釈迦院  普賢坊15.88219.23419.2349.234
威徳院  東照坊15.2485.6825.68215.682
褐磨院  不退坊18.47820.03120.03120.031
九品院  円光坊12.34819.73019.7309.730
文殊院  大学坊9.25811.94711.94711.94
清浄院  杖林坊7.0407.0407.0407.040
 堂聖2.0782.2192.2192.219
 承仕4.8544.8544.8544.854
 神子3.5425.2145.2145.214
 社家 式部太夫伊勢守(吉住家)6.7267.7267.7267.726
戸内太夫   (進藤家)1.5601.6471.6471.067
      灯明供物料20.87026.37726.37726.377
       合 計141.574162.552162.552151.965
       不明分1.0010.00010.00020.587
  最上義光黒印状枚数13通   

 酒井家が入部し所領安堵され 同時に検地があり‘見出し高’29.918石が増えたもの。
 総高と合計との差額不明分は予備費?
 文化6年のものには 大学坊と杖林坊は無住、承士に利右ヱ門と儀助、
 神子は伊勢王、社家は三河守(吉住家)と善太夫(進藤家)とあります。

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