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1.芸術作家 島田 勇の考え方 
@−芸術作家を目指す
*写実、具象絵画からの脱皮
人生の道を開くということは 大変なことだと思います。ましてや、己にあった仕事を見つける事は 私にとって、容易でない事だったのです。、職業の選択から始まって 課せられた社会での仕事を積極的に どうこなすか とか、人生を突き詰めて考えると 何の為に生きているのかとか、色々考えてしまい自問自答するばかりでした。 しかし、絶対的に家族の生活を守らねば成らず それ以外考える暇もなく、現実に引き戻され、生活のための仕事をせざるを得なかったのです。 それにもかかわらず 常に、潜在的には 生涯の仕事として適用できることは 何なのか 自分探しの旅を忘れては いませんでした。絵画は 趣味の範疇になるのか、仕事になるのかも考えられる状態でもありませんでした。生活に対し、無我夢中のさなかだったと振り返るのみです
当時、絵画における日本画壇においては 目を見張る大御所ばかり。別社会のエリートとか、特別の才能の持ち主とかに思へたのです。 当然の如く、自分が鍛錬によって 近づく事の出来る人達ではないと思っていたものです。そんな程度の知識しか持っていませんでした。
ひたすら、風景や生物、人体、あらゆるものをスケッチし、また 油絵制作によって制作技術の研究に努力を重ねておりましたが、作品が出来ても 売ることなど考えることすら思えませんでした。それよりも 技術的に 未熟な自分との闘いで 無力であり、やる事成す事、辱かき人生そのものだったと思います どうしたら上手くできるかということのみでした。
絵を描いているということは 周辺の人達にとっては 絵をもらいたいと言う人達ばかりでした。技術的に学ぶ事ばかりが優先事項だったので、やむを得ない状態であったのではないでしょうか。現在もそうですが、いつまでたっても 一人前に成れません。
見ず知らずの人に 絵を見せてくれと言われ、はじめて 自分の絵を売る事が出来たのは 満37才の時でした。喜び勇んで納入いたしましたそれをきっかけに 絵以外の仕事 すなわち、二足のわらじには 終止符を打ち 翌日から 毎日、会社や個人宅を飛び込み 販売活動をしたのです。プロとしての出発点であると同時に、波乱万丈と言うか、恥じ書きと苦難の人生の始まりでもありました。
きっと、飛び込み画家は 珍しい事だったでしょう。様々な人々と触れ合う事の始まりでもありました。 見向きもしない人、好意的な人、様々です.以外にも画家の訪問販売をしている人がいたのには びっくりいたしました。木炭の肖像画を描いている人達なのです。ひょんな事から 私も肖像画をトライして、油絵肖像画を描く様になりました。
肖像画は 実物そっくりに描くことが目標でありましたので 努力の「かい」という成果の現れるものでした。肖像画以外にも絵画注文が多く、家屋や想い出の風景等の制作です。それから、画家として、生計をたて約30年間超となりましたが、そのうちの20年間は、写実絵画を中心とした注文画制作による生活を支える為の作品創りに明け暮れたのです。ある時、応援者の一人から、島田君の作品は 将来値上がりするのかね?と尋ねられたのですが、わたしは 戸惑いました。 ちょっと間をおいて、「それは全く考えていない」と言ったのです。そのままの本心でした。
当時の画壇と言えば、前にも話しましたが、写実、具象絵画の横行で、技術的には 達人ばかりでしたので、美術界における自分の存在など考えられるものではなかったのです。高校時代から、抽象画を描いていましたので、眼中にもなかったのです。ましてや 絵画の表現様式は すべて出尽くしているとも言われていましたので、 独自のものを創り出すということなど 考えることもできませんでした。 「それは まったく考えていない」と、そう言わざるを得ませんでした。
当然の如く、「つまらないなあ〜」と、がっかりした言葉が返ってきたのです。 私は 暫く沈黙していたのですが こう言いました。「値段が高くなるかどうかは別にして、徹底的に研究し、独特で新しい作品を創りだし、有名になれるように頑張って見る」と。その時は 何の当ても ありませんでしたが そう言わざるを得なかったのです。
当時、作品の持ちこみ販売とか 注文絵画制作と言う仕事は 受注も販売も比較的安定した仕事でもありました。世間では バブル崩壊後の不況風が吹き、各企業の経営者達の考え方が見直され、リストラ、企業縮少などの大転換を せざるをえなくなってきた時代でもありました。
写実絵画を制作販売していた画家の仲間達も不況に苦しみ始め、画家を転換し、「教える事」に専念する人、他の職業に移る人、生活収入は 画業ではない所に求め、転職してしまった人が多くなりました。不況時代と言うか、今までと違った これからの時代、真面目さだけではどうしようもない時代, 絵画で言うなら 写実的というか、具象絵画を中心とした業界も、素人的ステータスシンボルによる購入者等の浮かれた時代の作品が 影を潜め、ほんものの芸術探求の時代となってくるのではないかと思われたのです。
生きるのに不安や恐怖が一層高まってくる時代、知覚や感性的向上と言うより、思考力を高め、想像力を発揮できる能力を身に付ける時代と思ってやみませんでした。
ただ、美術を専門に学んだ事ぐらいで 写実、具象から脱皮する事など到底考えられませんでした。大学を含め、絵画業界そのものが 対象を「噛み砕く」事さえできず、 写実、具象画の範疇から脱皮していないと考えられたからです。その時 私も、写実的具象絵画の作品から 制作の楽しさも失いかけていたのです。きっと、物事に従順でなければならないという考え方に 耐え切れず 不満足ということになったのではないかと思います。 どうあるべきか 考えなくては 成りませんでした。
創造するものとは 人間の目的を打ち建て、大地に意味と未来を与えるものである。こういうものが、初めてあることが善であり、又悪であるという事を創造するのである。(ニーチェ)
絵画は 兎も角、人間の精神生活で 最も重要な事の一つとして 「思考や想像力を発揮できる事である」と思うのです。そのことは 昔から言われている事であり、人間社会のリーダーの素質に欠かせないものとも考えておりました。人間の生き方や、指針への方向転換の重要性を考える時、無くては成らないものであるとも確信しております。それらの観点から見ても、絵画の役目は 精神的に 人生を先導する芸術作品への転換の時期を迎えようとしているのだと思いました。しかし、それが、何だかは この時点では解かりませんでした。
