≪メッセージの要旨≫  2016年  5月 15日   聖霊降臨祭(ペンテコステ)礼拝


         聖書 : ヨハネによる福音書     16章  4b〜11節
               使徒言行録          2章  1〜21節

         説教 : 『 寄り添ってくれるお方 = 神の力 = 聖霊 』  高塚 郁男 牧師


※ 聖書理解のコツ−2−:聖書を思い起こす

@ 聖書を読まないで、どうして「分からない、難しい」と言えるのでしょうか。
  読まなければ分かりません。 難しくても読むことです。 読めば読むほど難しくなることもあります。
  しかし難しいと分かれば、それはもう聖書がかなり分かりかけた証拠です。

A 私は東京の世田谷区の 『新町伝道所』 出身です。 
  今はありません。
  宣教師館のガレージの二階にあった教会です。
  宣教師がアメリカに戻ってから牧師がいなくなり、しばらく神学校の教授の間垣という先生が日曜日だけ通って説教に来てくれました。
  その先生が私を神学校に導いてくれました。
  一年目が終わった時先生は研究室に私を呼び、「一年が終わったけど神学校の勉強はどうですか?」 と聞いてくれました。
  「聖書を学べば学ぶほどだんだん難しくなってきました」 と答えると、
  先生は 「それは良かった。 難しいことが分かればもう大丈夫だ。 聖書が分かって来た証拠だ」 と言ってくれました。
  忘れることが出来ない言葉です。 
  何事もそうですが、やればやるほど難しくなることがあります。
  それはそれだけ進歩した証拠です。

B 聖書もそういうものです。
  読まないで難しいというのは論外ですが、何回か読んでいるとむしろ難しいと思うことがあります。
  それはかえって聖書のことが少しずつ分かって来たことです。

C そして、一日に一度は聖書のことを思いおこして下さい。
  日曜日の 「牧師は何を言おうとしたのだろうか」 と説教のことを思い起こすのもいいですし、
  「日曜日のテキストのポイントは何だったのか」 と考えるのも良いでしょう。
  そうなると聖書や教会のことに一層関心を持つようになります。
  そうなると聖書が身近になり、聖書への思いが大きくなり、聖書を開くようになります。
  それが聖書を理解するのに大きな前進になります。

説教:
1.イエスの弟子たちはイエスこそ救い主と信じ、イエスに全てを託し、イエスに従いました。
  その決心は生半可ではありませんでした。 職業を捨て、家族を捨て、イエスに賭けました。
  もう逆戻りは出来ません。 
  イエスの話すこと、教え、何でも吸収しようと真剣でした。
  イエスに従って一年も経たない時、イエスは 「殺され、彼らの前からいなくなる」 ことを何度も予告しました。
  彼らにはそれが何のことか理解出来ません。
  イエスが殺され、彼らの前からいなくなることなどある筈がありません。
  絶対にそんなことはあり得ません。
  しかし、彼らは不安になり動揺します。
  イエスはすかさず 「心を騒がせるな。 恐れるな」(同14;27) と彼らをなだめ励まします。
  それだけではなく、イエスは父なる神に 
  「自分に代わる弁護者を遣わし、彼らといつまでも一緒にいてくれるように」(ヨハネ14:16) お願いします。

2.「弁護者」 とは 「真理の霊」(同14:17) であり 「聖霊」(同14:26) です。
  「聖霊」とは何か? 「弁護者」とは何か?
  それすら弟子たちには何のことか分かりません。
  それが何か分かる時が来ます。
  「聖霊降臨祭」 「ペンテコステ」 の時です。
  イエスが復活してから50日目に起こった不思議な体験で、
  イエスが父なる神にお願いしてくれた 「別の弁護人」 が何であるか分かる時がきます。
  「ペンテ」 とは 「5」、「コステ」 とは 「10」 で、50日、つまり「五旬」のことです。
  その50日の間、弟子たちはじめ何人かの熱心なイエスを信じる人たち、毎日一緒に集まり祈っていました(使徒言行録1:14)。
  イエスが父なる神にお願いした 「自分に代わる別の弁護者を一日も早く遣わして欲しい」 と祈っていました。
  「五旬祭」の時も一緒に祈っていました。
  すると、
  「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
    そして炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
    すると一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、他の国々の言葉で話しだした」(使徒行伝1:1〜4)。
  「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ」、「炎のような舌が分かれ分かれに現れた」 のです。
  表現しようがありません。
  「風が吹くような音」 であり 「炎のような舌」 です。
  「ような」 としか表現できい何かが起きました。
  そして、更に不思議なことが起こります。
  言語の違う色々な国の人が集まっていたのに、弟子たちの生まれ故郷ガリラヤの方言を皆が語り始めたのです。

3.聞いたことがない音、見たことがない舌のような炎、話せる筈がない言語を話す人たち、
  ペンテコステの日に起きた事柄は何もかも不思議な出来事でした。
  使徒言行録1:8には 「あながたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」 と書かれているように
  「聖霊」は人に不思議な力を与えます。  「聖霊は人を動かす原動力」 です。
  ペトロも力を得て立ち上がります。
  「すると、ペトロは11人と共に立って、声を張り上げて」(同2:14)、
  「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち」(同2:14) と話し始めます。
  以前のペトロとは全く違います。
  ペトロは自分がイエスの弟子だと言えませんでした。
  言うと自分も捕えられ殺されるのではないかと恐れていました。
  イエスを否認し、イエスの前から逃げてしまった弱虫なペトロです。
  その彼が 「聖霊の力」 が与えられると声高らかに、「ユダヤ人やエルサレムに人よ」 と声を張り上げたのです。
  イエスを否認した人が 「イエスこそ救い主である」 と躊躇せず語り始めたのです。
  イエスのことを 
  「ナザレ人イエスこそ、神から遣わされたお方です。・・・わたしたちは皆そのことの証人です」(同2:14〜31)と正々堂々話し始めたのです。
  弱いペトロが強いペトロに、臆病なペトロが大胆に宣べ伝える人に変わったのです。
  これが 「聖霊」 の力です。
  ペトロをこのように変えたのは 「別の弁護者」 「聖霊」 です。

4.「聖霊」 は人を変える力です。
  怯む人、力を失った人たちに力を与えるのが 「聖霊」 です。
  私たちは何かに怯えていませんか?
  たとえそうだったとしても、父なる神が与えてくれる不思議な力を持った 「聖霊」 が今も私たちに力を与え、勇気づけようとしています。
  その力が今も私たちに与えられることを信じて下さい。
  心配する必要はありません。
  復活したイエスを私の救い主と信じるなら、私たちには必ず聖霊が下り、私たちを強めて下さいます。
  イエスは私の救い主と信じる人にはこの聖霊が今日も働いてくれます。
  今日のテキスト使徒言行録の一番終わりに 「主の名を呼び求める者は皆、救われる」(2:21) と断言されています。
  主の名を呼び求めて下さい。
  そうすれば救われます。 そうすれば力が与えられます。

  この力がいつも私たちに寄り添って下さることを信じて今日も生きましょう。

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