≪メッセージの要旨≫  2021年   7月 4日   聖霊降臨後第6主日

        
聖書 : エゼキエル書         2章  1〜 5節
             詩篇             123編 
             コリントの信徒への手紙U 12章  2〜10節
             マルコによる福音書      6章  1〜13節

        
説教 : 『 既得概念の解体と再構築 』  木下 海龍 牧師 (代読:小谷兄)
            
          教会讃美歌 :  318、 285、 132、 470


 初めに先週の福音書マルコの5:21−43の12年間の出血の病を負った女の癒しの場面の黙想から・・・。
「信仰」のチャンネル・信仰の受け皿はその人間本人には信仰としては自覚できていないけれども、
神の側、イエスの側でそれを「信仰」と呼んでいる。
それはあなたの「信仰」だとイエスは言語化して、呼びかけて、
しかも賜物としてその信仰を彼女に注ぎ入れて、女はその信仰を受け取って生き行った出来事でした。
 イエスの励ましの言葉、
 「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。 
   安心して行きなさい。 もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。

に比べると今日の個所は真逆な感じを受けます。
病を癒し、力ある言葉に驚きながらも故郷の人人々はつぶやきます
 「この人は大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。
   姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」
このようにして、人々はイエスにつまずいたのでした。
ここの人々は彼らが既に知っている村の人間関係に囚われてしまっています。
既得概念から一歩も出ていないのです。
既得概念が強すぎて「信仰」のチャンネルが働かないのです。
信仰とは受け皿なのです。
その受け皿がないのと同じ状態になってしまっていますから、神様からの恵みは、こぼれ落ちて行くばかりです。
イエスは人々の不信仰に驚かれたのです。
真面目に真実を語って、見せておられたにも関わらず、全く受け止めてくれずに、
指の間からこぼれ落ちて行くばかりであったのです。
 故郷ではイエスの教えを人々は受け入れがたい状態の不信仰にとても驚かれたのです。
その驚きから、伝道の心構えと体制を整えて、12人を派遣いたしました。
他の町や村々に派遣するにおいて、画期的な方法を取り入れたのではないでしょうか。
その一つとして、故郷の会堂での体験から、
言葉で語り聞かせて悔い改めと回心へと導くのは不可能に近いことだと経験したのではないでしょうか。
 教会が行う宣教の対象は、一般大衆であり、
誰もが自由に招かれており、誰でもが来て、教えを聞き学ぶことが出来るのです。
そのための門戸を開いているのです。
つまり、受講する資格試験もなく、年齢制限もなく、性別の区別もしておりません。
(世の中には、受講のためには、資格試験があり、高額な授業料を納めなければならない講座も多々あります。
  私はコロナ禍前までは、無料かそれに近い講座の幾つかに出ておりました。
  一度だけですが年会費200万円を納めて会員になって行う勉強会に出たことがあります。
  私の某先生が講師を務める二泊三日の講習会でしたので。
  その先生のお誘いのおかげで、我々仲間は宿泊費と食事代だけで参加できました。)
   言いたいのは、明確な目的を持って、その上で選別されて、
  資格取得のためにはその講習会に参加するコースも沢山あるということであります。)

 既得概念とは違った社会概念(「神の国」)を伝える方法として、
教義論争とか相手の間違った論点を一つ一つ論破しながら相手を折伏してゆく伝道もあるでしょうが、
折伏論争で負けたとしても人は本当の意味で、聴従しないものです。
教会が伝えようとする「その道」の方法のひとつとして、
おそらく最も効果的であったのではなかっただろうか、と思う一つ、二つを挙げるとすれば・・・。
ルカ 6:27 「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。
          敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。

   6:28 悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。
   6:29 あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。
          上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。

   6:30 求める者には、だれにでも与えなさい。
          あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。

   6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。
 これらのイエスの言葉を今の時点で読むと、
一般的普遍的な倫理としてイエスは私どもに教えていると受け入れがちです。
今の時代に読めば一般論的に聞き取るのもアリかな、と思いつつも、
この個所は、イエスの宣教方策であったと考えています。
イエスの言葉を聞いている弟子集団に向かって、これからは、敵意を抱いて向かってくる人々の町や村へと、
のちには地中海の諸国への伝道実践の場においては、教えや論破に由るのではなく、
ルカ6:27以下の「敵を愛する」実践の中で「神の国」宣教が真の意味で人々に浸透して受け入れられるのだ、
とイエスは教えられたのです。
弟子たちの説教や弁証論を聞いても、自分の生き方を変えるほどにはならなかったでしょうが、
この弟子たちの生き方には本当に驚いたのではないでしょうか。
そこから初めてイエスが語った教えとは何か!!? と言う求道が起こったのだと考えております。
 多くの場合、相手が何を言っているかを聞きつつ、さらに鋭く、
その人が生きている姿をもっと深く洞察しているのではないでしょうか。
 この聖書の言葉に加えてもう一つ考えられる個所は
マタイ25:35 お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、
         旅をしていたときに宿を貸し、

   25:36 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。
マタイ25:40 そこで、王は答える。
        『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、
         わたしにしてくれたことなのである。』

新約聖書が出来たばかりの頃、これがキリスト教徒のあいだの規範だったのです。
テルトウリアヌス(160?〜220? 二世紀の神学者ラテン教父系統の最初の一人、
     この期間に発生した二度の大疫病を体験し生き抜いた教父 
     後に制定された三位一体のキリスト教教義の基礎概念を記述した。)
はこう書いています
 「こうした愛の業---まさにその業ゆえに、一部の人達からわれわれは刻印を捺されているのである。
 『見ろ、奴らは互いに愛し合っている』」 

《補足》
「二世紀に起こった大々的な疫病は、まず165年に東方遠征中だったヴェルス帝の軍隊を襲い、その後帝国中に拡がった。
多くの都市では死亡率が非常に高く、マルクス・アウレリュウス帝が、
死者が二輪車、四輪車に積まれ隊列をなして町から運び出される、と述べたほどである。
 非常に多くの人々が死んだので、イタリアの多くの市や、村を見捨てて顧みられず、そのために廃墟と化してしまった。
苦悩は激しく、混乱はあまりにもはなはだしかったので、メルコマンニー族討伐のための遠征も延期しなければならなかった。
169年になって結局戦争が再開された。
その戦闘でゲルマン民族の勇士達は、男女の別なく戦場で死体となって発見されたのであるが、
しかも死体には傷はまったく見当たらなかったことから、彼等はこの伝染病のために死んだのであると、ヘーゼルは記録している。
 この疫病によって帝国の半数が死亡したとも言われている。
 ちょうど一世紀後、ローマ世界を二度目の疫病が襲った。
流行のピーク時にはローマだけで一日に五千人が死んだという報告がある。
そしてこの疫病については、特にキリスト教徒側から同時代の報告が数多くのこされている。 
カルタゴの司教キュプイアヌスは、251年に「この伝染病と悪疫のために、わたしたちの多くが死んでいる」と書いている。
「彼らは危険を顧みずに病人を訪れ、優しく介護し、キリストにあって仕え、そして、彼らとともに喜びのうちにこの世を去りました。
この人たちは他の者から病気を移され、隣人たちの病を自らの側に引き寄せ、その苦痛を進んで自分のものにしました。
そして多くの者が、他の人たちを看護し癒したとき、その者たちの死を自分に移して自ら死んで行きました・・・。
わたしたちの兄弟の中の最も立派な人たちがこうした仕方でこの世の生と決別しました。
それは多くの長老や、執事や、一部の平信徒たちであり、彼らは大いに賞賛されました。
このような死に方は篤い敬神の念と強い信仰の結果でしたので、決して殉教に劣るものではないように思われました。」
260年頃のデイオニュシウスの復活祭の手紙には、さらに続けて「異教徒たちの振る舞いはまさに逆でした。
彼らは疫病に倒れたばかりの者さえ敬遠し、最愛の者たちから遠ざかりました。
彼らは半死の者を路上に投げ出し、葬られていない死体を手ひどく扱いました。
彼らはそうすることによってこの死病の蔓延と伝染を避けようとしましたが、
それはどんな手立てによっても容易に逃れられませんでした。」・・・と。
 マクニールは指摘する。
「通常の奉仕活動がすべて絶たれてしまった場合には、ごく基本的な介護行為でも致死率を大きく引き下げるのに寄与するものである。
例えば食べ物と飲み水を与えてやるだけでも、体が衰弱していて自力ではそれを手に入れることができず、
空しく死を待つほかなかった病人を、快方に向かわせることが大いにありうるのだ」・・と。
この二度の疫病に対しての対処の仕方が
この時期の200年間にキリスト教徒の数をを著しく伸ばしていったのだ、と今日の社会学者たちは分析しております。
          ロドニー・スターク著 穐田信子訳「キリスト教とローマ帝国」より引用 
                          新教出版社 2014年10月1日 Pp306

 憐れんでください 主よ。
現在のコロナ禍のもとで、病むひと、困窮にあえぐ人々に、私の手で、水と食べ物を運ばせてください。
    アーメン。
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