放浪歌(さすらいうた)

(二)花ぐもり、浅草

 その日は節分が過ぎて二、三日経ったみぞれの降る寒い夕刻だった。私は久しぶりに晋三君とその温泉に肩まで浸っていた。
 人間は何をしても、ひどく気持のいい時は自然に声が出るものだが、寒くて手足の凍るような後の温泉は、あまりに気持がよくてつい呻き声が出た。
 私は首までたっぷり湯に浸りながら、今日は松さんが当番の筈なのに、何かの都合で工藤さんと交代したのかなと思った。

 それは例の工藤さんのしぶい唄声が、浴場の天井や周囲の壁に反射してきこえたからだった。
 
  ♪花ぐーもり浅草、泣いてはぐれて
   こみあげる、淋しさを
   ただ、抱きすくめます
   人の運命を決めるのが
   たった一度の恋なんて♪
 
 この歌は、杉紀彦作詞、三木たかし作曲の放浪歌である。放浪歌と書いて、「さすらいうた」と読むのだ。工藤さんは、原詞の花ぐもり新宿というのを、勝手に浅草と替えて朗々と唄うのだ。そして、その次はこんな詞に続く。
 
  ♪あなた、あなた、あなただけ
   噂にすがって、追いかけりゃ
   明日まで、明日まで
   生きて行けますか♪
 
 どの歌手がどんな節で唄うのか知らないが、工藤さんはこの歌を大漁節のようなパンチをきかせて唄う。すると周囲の雰囲気は確かに明るくなるのだが、天井や壁から反響してくる声の響きが何とも表現出来ない哀調を帯びる。
 そして例えば、「こみ上げる淋しさを」と唄えば工藤さんがほんとに淋しくて泣いているようにきこえたし、「明日まで明日まで、生きて行けますか」と唄えば、工藤さんは近々自殺でもするのではないかと思う程、悲しくなるのだった。
     ◇
「工藤さんの唄は何故、あんなに悲しくきこえるのかなあ」

 私は、同じく首まで湯に浸って私の性器を握っている晋三君に訊ねた。
 すると彼はきょとんとした顔であった。

「おとうさんは、その訳をまだ知らへんかったんか」

 今度は私が、きょとんとする番だった。

「そんなことに訳があるのかなあ……」

「それがあるんよのう。あの悲しみが工藤さんの人生の原点なんよ、ほんま……」

 晋三君がその淫らな手で私の亀頭を揉み乍ら、「人生の原点」などという言葉をさりげなく使うと、女子高生の前でお茶やお花を教え乍ら、時々文学的な言葉を使って少しでも点数を稼ごうとしている彼の人間性が浮きぼりされて、とても可愛いくなる。

「工藤さんには三十五歳の時から今まで二十五年間も想い続けて来た人がおってんよのう。その人は轟木実藏という今年七十五歳になる爺さんでのう、五十歳の時から工藤さんとええ仲になってのう、何の不足もなかろうにほかの男と浮気ばあして、浅草、上野、すすきのと工藤さんが実藏さんを探し歩いたんよのう。
 放浪歌いうんは工藤さんにしてみると自分の為に作ってくれた歌じゃ思うんでしょうのう。じゃから悲しゅきこえるんよ」

「その実藏という人は、今どうしてるのかな」

「それが分りゃ苦労はなあよのう。
 松さんはあの人はもう死んだんじゃないかと云うんじゃけど、工藤さんは必ず生きとる思うて、それらしい男の噂をききゃあ、北海道じゃろうが九州じゃろうが探しに行くんよのう。
 一人の男を愛する云うても、工藤さんぐらい真剣になると、人生いうんはいったい何かのうと考えさせられますのう」

「工藤さんにはそんな悩みがあるんですか。私は知らなかったよ、けど、その悩みをもっと深く知りたいなあ」

 私がそう云うと晋三君は、私の性器を両手で握って口を耳に近付けて言った。

「これをのう、松さんに入れてあげたら何でも話してくれる思うで。轟木実藏さんのことについて一番よう知っとる人は、松さんしかおらん……」

「けど松さんは今、工藤さんのよめさんでしょうが……」

 すると晋三君は右手を横にふって云った。

「よめさんじゃいうても、松さんは押しかけよめさんよのう。じゃあから、これを入れたれ。そしたら何でも話してくれる」
     ◇
 その日から二、三日後、松さんの非番の日私は彼を駅前の喫茶店に誘った。その喫茶店は市内では最も大きく、流す音楽や照明が客の心を落着かせる。
 私達はその店の一番奥の壁際のソファーに並んで坐った。若い女が注文を取りに来て入口に行ってしまうと、私は早速松さんの膝に手をおいた。
 松さんは丸い顔の大きな目許をぽっと染めて、私の顔をじっと見た。

 それだけで二人の間で総てが通じたような気がした。私は松さんの手を握って私の股間に導いた。すると彼の手はすぐそれを握ってきた。

 私はさりげなく訊ねた。

「松さんは、今も六尺をしめていますか」

 彼は何も云わずに頷いた。

「前から一度こうして出会いたいと思うとった。松さんはいい体しとるもんなあ」

 彼の手が私の股間をギュッと強く握った。手に心がこもっている。私は松さんが急に可愛いくなった。私は本心をさらけ出した。

「今日松さんを呼んだのは、工藤さんが長年探しとる轟木実藏さんのことをききたいと思ったもんですから……」

 その時、女がコーヒーを運んで来たので私は松さんの体から不自然にならないよう気をつけて離れた。けれども松さんは私の股間から手を離さなかった。

 女がテーブルの上にコーヒーを置いて行ってしまうと、松さんが小さな声で言った。

「実藏さんなんて、若い時からどっぶりとホモの水に浸った普通のおかまです。それを何で工藤さんがあれだけの執念で追いまわすのか、私はどうしても分りません」

 私はちょっと首を傾けて訊ねた。

「工藤さんはどこで実藏さんと知り合ったのですかね」

「そうですね、もう二十五年にもなりますのう。古い話ですが、まだ続いていますけんねえ、工藤さんもしつこい人です」

 松さんは少し昂奮すると言葉の端々に四国訛が出た。
     ◇
 松さんの話や、工藤さんにきいた晋三君の話、後に私が工藤さんから直接話して貰った話を総合して組立てると次のような事実が浮き上ってくる。
 工藤さんが初めて実藏さんと出会ったのは、昭和三十五年の春で工藤さんが三十五歳、実藏さんは五十歳だった。
 その時のことを工藤さんは後に私にこのように言った。
 
「あんな日のことをたぶん花曇りというのではないでしょうか。どんより曇っていて、春にしては暖い日でした。浅草といってもあの頃は山谷といいましてね、そこにS屋という同性愛者の泊る宿がありました。

 その宿に私は肥った五十歳位の男を連れて入ったのです。所がその宿の玄関側の道に面した二階の四畳半に一人で寝ていたのが、轟木実藏だったのです。

 最初に見た時、私はすぐ祖父のことを想い出したんです。その顔も体もほんとによく似ていました。あの頃、実藏は身長百六十五センチ、九十六キロ位の体格でしたし、その顔がでれっとした優しさでなく、きゅっとひきしまった優しさがあり、私は見ただけでマラがぴーんと勃ちました。そしてその日のうちに私の女にしてしまいました』

 松さんは、その頃の二人についてこんないい方をした。

「あの頃、山谷のS屋といえば日本一のホモ旅館でのう、気のいい主人の客あつかい、それに信用のおける客しか泊めないという主人の方針から、いい客が多かったんです。あそこに行けば誰だって心がなごみましたし、人間には優しくしてあげようと思いましたものね。
 そのS屋でも工藤さんは若手のナンバーワンでした。短髪、丸顔、肥満体、人なつこい顔に加えて工藤さんの股間の巨根は有名で、そんなタイプの好きな老人達が一度は入れて貰おうと思うて、取り合いまでしとりました。
 私はその頃ちゃんとした会社のサラリーマンでしたが、工藤さんが好きで好きでたまらず、一度は抱いて貰おうとS屋にどれ程通ったか分りません。けど工藤さんは老人の肥満体しか興味がありませんでした。
 工藤さんが実藏さんにそそいだ愛は、普通のものではありませんでしたよ。だのに実藏さんは家業のラーメン屋をほっぽり出して、浮気ばかりするほんとに人間の屑のような人でした。何故あんな老人に夢中になったのか分りませんね……」
 
 花曇りの山谷の宿で、工藤さんは連れていった老人を誰かに譲り、実藏さんの部屋に入ると鍵をかけてしまった。実蔵さんが又当時三十歳位の男が理想で、以前より工藤さんの噂をきいていたので、その夜二人は激しく燃えた。
 六九による吸引、実蔵さんの年期の入った工藤さんに対する愛撫で、悩ましい春の夜は二人にとって非常に短かかった。
 
 この夜のことを工藤さんは、あとになってから私にこう話した。
 
「神様はほんとに公平なんだと思います。同性愛なんて、これから何千年経っても所詮日陰のものです。ほんとに可哀相です。それを神様がお知りになって私に実蔵を下さったのです。
 その最初の夜、私は実蔵の尻の穴の奥まで舐めましたし、実蔵も又私の双玉を始終口に含みましたし、私の精液を上の口にも下の口にも注いでくれとねだって甘えるんです。今から思うとほんとに若かったんですね。
 私はその夜実蔵の体の中に九回も射精しました。そして、もうこいつとは離れられないと思いましたよ」
 
 松さんは、この前後のことについてこのような言い方をする。
 
「工藤さんと実蔵さんが出来たということはその翌朝すぐ旅館内に広まりましたよ。朝、洗顔に行く廊下で工藤さんが実蔵さんの首に腕を廻してキスしたとか、その時工藤さんの巨根が真赤に腫れとったので、実蔵さんが一晩中余程吸ったのだろうというような噂を私もきいて、ちょっとがっかりしました。
 それから二人は夫婦気取りで浅草の小さなアパートに同棲しました。実蔵さんが家業のラーメン屋を廃めたのは多分この頃です。でも工藤さんにとって、人生のうちであの頃が一番楽しかったと思いますね」
 
 工藤さんはそれについて後に私にこう云った。
 
「空も道も家も、あの時ほどきれいだなあと思ったことはありません。浅草寺に二人手をつないで行き、手をつないだまま鳩に餌をやると、その手に鳩が乗ってくるので手を離すと、ぱっと空に舞いあがるんです。二人は又すぐ手をつないで空を見るのですが、花曇りの浅草の空が中天から上が青くてとてもきれいなんです。
 アパートの中では私のマラは四六時中、実蔵の手か口か尻の中に入っていましたよ。そうなると他人の目など少しも恐くなくなるんですね。ほんとに幸せの最高潮の時でした。然し、神様はやはり公平だったのです。出会ってから半年もしないうちに実蔵の浮気が始まったのですから……」

 最初の浮気に工藤さんが気付いたのは、それまで一度も外泊しなかった実蔵が外泊をして、翌日の昼頃になって帰って来たからだった。
 その顔を見た時工藤さんは、実蔵さんの布袋さんのようにふっくらした顔が何となく小さくなったような気がした。けれどもその理由をきくより先に、実蔵さんが一番欲しがるものを与えようとして、その巨根を挿入すべく股を割った。
 すると実蔵さんの顔がみるみるうちに青ざめた。そして涙ながらに訴えた。

「これ程愛して貰っているおまえにこんなこたあ、言えない。けど昨夜俺はドヤで釜を掘られてしまって、尻が痛くておまえのものを受けられないんだ。許してくれ、これから浮気など絶対しないよ」

 実蔵は江戸っ子で喋る言葉がはきはきしている。それに受けの男には珍しい男らしい態度だった。そんな所も工藤さんが惚れた要因である。
 工藤さんは、はらわたが煮えくりかえる程腹がたった。実蔵さんのような可愛いい男に傷をおわせた男にも腹が立ったが、これ程愛しているのに何故という気のほうが遥かに大きかった。

「実蔵、尻を見せろ」

 工藤さんがそう云うと、実蔵さんが畳に腹這って心持ち尻を浮かした。越中ふんどしを横にはずして尻をかき分けて見ると、肛門の上方に裂傷があり、そこから血が滲み出ている。
 工藤さんはどのようなやり方をすればこうなるのかと首を傾けてぷつりと言った。

「ひどいことをするもんだなあ」

 工藤さんは小物入れから軟膏の薬を持って来ると、肛門の周囲から痛くないように揉みこむようにして薬を塗り乍ら訊ねた。

「私のものより太いものだったのか」

「とんでもない。おまえのより太いものは見たこともない」

「じゃあ、なぜこうなった」

 工藤さんは、続けて三、四度訊ねたけれども、実蔵さんはそれに対して何も答えなかった。
 けれどもその夜の実蔵さんの吸茎は何時もに増して熱心だった。彼は工藤さんの双玉や尻の穴、亀頭と次々に口で愛撫し、小便まで飲ませてくれとねだった。それでも工藤さんの最終的な発散は何時でもバックの中だったので、ある悔が残った。

 実蔵さんは、『これから絶対浮気なんかしない』と言って許しを請うたけれど、何故か次第に浮気の回数を増していった。その度、工藤さんは彼の肛門の裂傷を治療してやり乍ら憤慨して言った。

「実蔵はもう年だから、欲望のままに誰とでも遊ぶんじゃない。もしも悪い病気でも貰ったらどうする。こんな傷を負わせる奴は、いったいどんな奴なんだ」

 すると彼は工藤さんに抱きついて、舌で顔中をぺろぺろ舐め乍ら言った。

「それをきかないでくれ。俺が一番好きなのはおまえだけなんだ。だから俺を今迄通り愛してくれよ。一番悪いのはこの俺の尻なんだよ。この尻がいけないんだよお」

 実蔵さんの男らしい顔は涙でくしゃくしゃだったし、でっぷり肥った体はくねくねと曲って工藤さんの体にしなだれかかった。そうなると工藤さんは、ただひたすら実蔵さんが可愛いくてたまらなくなるのだ。

 そんなことが五、六回も続くうち冬が来て、正月が来て又一つづつ年をとり春が来た。実蔵さんが工藤さんの傍から飛び出したのは、桜の花がすっかり散ってしまってからだった。
 
 その頃のいきさつについて、松さんはしんみりした口調でこう語った。
 
「実蔵さんはよく山谷のドヤに出かけていましたね。ほんとは工藤さんが一番好きなのに、山谷の公園や浴場で、ちょっと崩れた年若い肥満体の男に巨根を見せつけられると、理性をなくしてすぐ尻を貸すんですよ。そしてそんな男を私は七、八人知っとりますが、皆工藤さんに似たタイプですね。
 一番長く続いたのが土木で一緒に山の飯場についていった忠さんで、二、三年は続いたようです。一番短い人でも六ケ月位はつづいたんです。でもあの工藤さんとは二年足らずですから、そこの所を考えれば工藤さんも、いい加減の所で手を引けばいいのですね。それがどうですか、最初に実蔵さんがいなくなった時なんか、一週間近くも顔色を変えて探しましたから、私などほんとに実蔵さんが羨しくてなりませんでしたよ」
 
 然し、工藤さんは松さんの言葉に対してこう反論する。
 
「これだけこうしたからこうしてもらう。そんなのは愛ではありません。愛には一切の打算がありません。私の実蔵に対する愛は純粋で、彼からこうして貰うなどと考えたことは一度もありません。だから最初に逃げられた時は一週間何も食べる気にもならず、浅草中を探しましたので、すっかり痩せてしまいました。でもね、探し出してアパートに連れて帰った時は、本当にうれしかったですね。然し又すぐ逃げられました」
 
 このようなことのくり返しで工藤さんは二十五年間を過してしまったようである。にもかかわらず彼は何時でも生きていることが楽しくてならないような顔をして働き、ちょっと気が乗れば例のしぶい声で唄うのだ。

  ♪花ぐもり浅草、泣いてはぐれて
   こみあげる、淋しさを、ただ抱きすくめます。
   人の運命をきめるのが、たった一度の恋なんて……♪

     ◇
 私は晋三君に私の性器を握られて工藤さんのエコーをきいていると、工藤さんにはもっともっと悲しい想い出が一杯あるに違いないと思う。

 男に惚れたり惚れられたりすれば、声にあれだけ色気が出るのだなあと、何となく頷ける。そして六十歳になった工藤さんの六尺ふんどし姿は、私達のような男好きの老人達にとって、文字通り生きる支えである。

「放浪歌」(三)につづく