体験実記 サンフランシスコの男 
 
---プリーズ キャンセル フライト--- 
                 不倒翁 甚平   
(五)プリーズ キャンセル フライト


 大の字に寝ころがった野口さんの体を、私とジョンは共同して口で清めてあげた。私もジョンも野口さんも無言だった。私がどんな微妙なことを喋っても、ジョンは即座に納得して驚く程達者な日本語が返ってくるのに、二人は何も喋らずひたすら野口さんの体を隅から隅まで舐めた。特に彼の弛緩した性器は、両側から口を大きく開けて舌で丁寧に舐めた。時々、私とジョンの唇や舌がぶつつかると、どちらかが周章てて野口さんの亀頭を飲みこんだ。

 野口さんは亀頭を含まれた時だけ、小さいが底力のこもった声で、うーうーと唸りつづけた。その声はこの家に来て階下の部屋で待っている時、二階からきこえて来た声と同じだった。何だか大型犬がひどく怒って何時とびかかってくるか分らないような、油断出来ない声だった。

「ねえ、野口さんの好さが分ったでしょう」

 射精後の弛緩を経て、野口さんが絨毯の上で深い寝息をたて始めると、ジョンが野口さんの亀頭だけを大切そうに握って問いかけた。私は、にっこり笑って頷いた。そんな私を見て、ジョンが誘った。

「今晩はホテルをキャンセルして、一晩だけこの家にお泊り下さい」

「いいえ、それは出来ません」

 私は、首をふった。

「一泊すれば、野口さんの男性的なよさが一層理解出来るのですがね………」

 ジョンはそのようにたたみかけたが、私はその家を辞することにした。私はジョンには知らせてなかったが、その日の夜のフライトで日本に帰国する手筈を整えていたのだ。

 その家を出るまえ、私はもう一度野口さんの全身を舐めた。ジョンの為、その体に全精力を注ぎこんで安らかに寝ている野口さんは、正に全世界の男の中の特級品だった。

   ☆ ☆ ☆

 ジョンは、カストロストリートのバスストップまで私を送ってあげるといってついて来た。彼はカストロストリートを歩き乍ら言った。

「おとうさんはあんなに寝ていても、二、三時間も眠るととても元気になって、炊事をしている私のうしろからすっと入れてしまうんですよ。口数は少いけど、カストロ一の凄い男ですよ」

「ほんとにしあわせでいいですね」

 私は、ジョンの顔に羨望の眼を向けた。

「エイズという病気にならぬ為にも、私はこれからずっとおとうさんだけを愛します」

「じゃあ、さようなら」

 私はジョンと別れてから道路一杯にはみだした男達を横切ってマーケットロードに出た。バスに乗る前ふり返ると男の群衆の向うで精一杯背伸びして手をふっているジョンの姿が見えた。私は、バスのステップに上って同じように右手をあげてくるくると回した。


 バスに乗ってから、私はあの魅力的な野口さんと一言も話さなかったことに気付いて惜しいことをしたと思った。同じ日本人であり乍ら何故話さなかったのかと後悔した。不思議にジョンのことは頭になかった。けれども野口さんのことを思うと、何だかとんでもない悪いことをしたような気がした。ひどく大切にしていたものを惜しげもなく、道端に捨ててしまったような気もした。

 私はバスの揺れに身をまかせ乍ら、今夜にせまった成田行きのフライトをキャンセルしようと思った。そしてジョンの言ったように今晩はカストロのあの家に泊めて貰おうと思った。すると野口さんの見ただけでよだれの出るような体が、私の頭の中をぐるぐるかけ廻り、ほんの一時間程前に思い切り射精したばかりの体が急に勃起し、先走液がじわりと湧き出る感触があった。

 私は次のバスストップで降りるべく、少しだけ股間の昂りを押さえて席から立ちあがった。


(了)       
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