健さん好いとるばい
「中年倶楽部」 86年初春号
 あんなに好きだった健さん、心の奥で堪えていた愛の告白・・・
 なのにあんなに簡単に他の男に身体を許すなんて
抜粋 「健さん好いとるばい(一)親子丼」
 健さんの家に居候している宇吉は、健さんより十歳年長で今年六十八歳になるけれど、ラーメン屋の家業を手伝うことはめったにない。もっぱら広い庭の手入れや雑用をてがける下男のような仕事をうけもたされていた。彼は三年前交通事故で死んだ健さんの長男・猛と男色関係にあって、かれこれ六、七年前より健さんの家に出入りを始め、猛の死後その家に住込んだのだ。

 その年は九月に入っても仲々暑さが収まらず、汗っかきの健さんは袖無し法被の下は何時でももっこ褌だけだった。家業がラーメン屋だったのでガスコンロの火や煮たった湯などの為、そんな恰好をしていても、カウンターの中にいる時は全身からたらたらと汗が流れた。

 宇吉は家の中から、カウンターの中で動き廻る健さんの姿を見るにつけ、親子とはいい乍らよくもこれまでに似たものだと感心してしまう。健さんは五十八歳になるが、その顔も体も丸々と肥っていて、その上にはりついた浅黒い肌がぬめるような深い艶をもっていて、それが四年間近くも同棲した猛とそっくりなのだ。

 若くても年をとっていても肥満体でさえあれば燃えることの出来る宇吉にとって、健さんの体は見ているだけでよだれの出るような御馳走だった。けれども、そんな性向を健さんに喋ったことは一度もなかったし、猛といい仲だったことさえ、固く口を閉ざして口外しなかった。

 然し、宇吉は暇なとき何時でも家の中から健さんの体を見た。健さんは頭髪を短かく刈り上げており、その代りのように口髭をのばしている。口髭といっても鼻下にびっしり生やすのではなく、いわゆるちょび髭である。そんな髭がとてもセクシーだった。

 目が丸くて小さいのに鼻が顔の真中にどでんと居坐っているし、唇は部厚くてその色が赤い。六十歳近い男の唇の色なんて、どの人のものを見ても汚れて黒ずんでいるのに、健さんのそれは清潔で何時見ても吸いつきたくなる。

 袖無し法被は白色だが、法被から出た両腕には真黒い毛が生えて、浅黒い肌が丸太のように逞しい。そして法被の下に隠された胸や太鼓腹の盛りあがりや恰好が外観から想像されて、宇吉をなやました。

 健さんの身長は百六〇センチそこそこしかないのに、体重はどう少なめにみても九十キロはありそうだった。だから部厚い胸も殆ど球体に近い太鼓腹も、どこもここもぼってりとした固肥りで、手で押せば内部から押し返されそうだった。

 特に、もっこ褌だけの健さんの下半身は、よく云えばセクシーで、悪くいえば淫らで猥褻だった。それは、もっこ褌の端からはみ出した淫毛もさることながら、ひとかかえもありそうな毛深いふとももや、もっこ褌を内部から押しあげる股間のふくらみの故だった。

 健さんの性器は、何時でももっこ褌を内部から大きく押しあげていた。そしてもっこ褌はガーゼのような薄い布地ではないのに、性器の大体の型が分った。それは、健さんが動くと連動してもこもこと動いた。

 宇吉はそんな健さんを見る度、心臓がどきどきした。出来るものなら健さんに抱かれたいと思ったし、彼が自分と同じ男好きの人であればいいと思った。もしもそんな性向が遺伝するのであれば、かつて自分を愛した男の実父である健さんは、絶対男色者であらねばならなかった。

 しかも、健さんの働く時の姿を見れば、宇吉のような男は、彼をすぐ男色者と決めてしまう。袖なしの法被にもっこふんどし、そんな恰好でいれば男色者と疑われても仕方がない程男色的で淫らなのだ。

 けれども、宇吉は健さんが女好きだということをよく知っていた。それは、健さんが女を抱いている姿を過去に何度も見たからだった。健さんは意識的にそれを宇吉に見せる訳ではなく、それは秘めやかに人目を避けて営まれたにもかかわらず、死ぬ程健さんに惚れている宇吉はそんな気配を察し、覗き見しながら自らの昂まりを収めていた。

 健さんの相手は、交通事故死した長男の妻だった。今年二十九歳になる伊都子という小柄だが尻の大きい女である。宇吉はその女のことを生前の猛から何度もきかされていた。

「俺の妻は小さい体しとるが助平で、俺が傍に寄っただけでおまんこから汁を流しよる。そして欲情したら、真赤に色づいてふくれるんだ。けど俺はお前の方がよか」

 猛は伊都子のことをそう云ったけれど、精力の並はずれて強かった彼は、宇吉を三回抱けばその次一回は伊都子を抱き、男の味を覚えさせて、二十六歳で後家にしている。

 健さんはそんな伊都子をどういうきっかけで抱いたのか知らないが、男の味を覚えた彼女が健さんのもっこ褌を見て欲情し、健さんを誘ったのは容易に想像出来る。然し、健さんにとっては親子丼という不義で恥しい行為の筈なのに、初めてそれを見た時宇吉は、とても美しいと思った。

 それを初めて見たのは一年前の秋の夜だった。夜半過ぎ、きき馴れない声に目を醒した宇吉は、暗闇の中で息を殺して耳をそばだてた。その声は子猫の鳴き声に似ていた。それが女のよがり声だと分ったのは、子猫の鳴き声の合い間に野太い男の声が交り始めたからである。

 その声は、屋敷の北端にある伊都子の部屋からきこえて、しかも灯が洩れていた。宇吉は足音を殺してその部屋に近付き、障子の隙間から内部を覗いた。宇吉の目にだしぬけに抱き合った二人の尻が見えた。つまり健さんと伊都子は障子に足を向けて愛し合っていたのだ。

 海老のように折り曲げられた伊都子の小さな体が、九十キロの巨体に押しつぶされていた。それでも女は、その牡牛のような巨体に細い手足を巻きつけて必死でしがみつき、深い快感に酔いしれて、か細いよがり声をたえまなく叫びつづけていた。

 完全に上から押え込んだ健さんの体は、太鼓腹が極端に大きな故か、殆ど上体を起した恰好で、それでも出来るだけ女の体に密接しようと背中を丸めていた。そんな態位で、健さんの尻や腰はゆっくり自信に満ちた物腰で、前後に動いていた。

 たぶん健さんの巨大なものは、その根元まで女の中に挿入されて、その先端や雁首が女の洞穴のあちこちを優しく、あるいは強力に押し、ひっかいてその快感をひき出しているに違いないと思った。

 女の泣き声に交って健さんの声がきこえた。彼はとぎれとぎれにこんなことを言った。

「猛のものよりずっと太かろうが、おい、どうなんだ……」

「ああ、よく締る。そんなにいいのか」

 その声は恐しい程低音だったので、動物的だった。そして伊都子は健さんにどんなことを言われても、さも苦しそうにさめざめと泣くだけだった。宇吉は女を抱いたことが一度もなかったので、女の泣き声が何を意味するのかよく分らなかったが、それがよがり声だということはよく分った。そして、健さんの体に抱かれたら泣く程気持がいいにきまっていると思った。それは崇高な人間の営みにみえた。

 それから二人を注意深く観察すると、深夜だけでなく、朝の仕事始めの前や、休日の真昼間などでも素早く抱き合って済ませるのを何度も見た。その何れもお互いが激しく燃え、二つの体を重ねることにより熱い昂まりを消しているようにみえた。

 そんな時、健さんは大の字に寝ころがった体の上に伊都子を表向きや裏向きに乗せた。そして伊都子の体が激しく上下に動いた。又、あぐらの上に向き合って乗せて二、三十分間も伊都子を遊ばせた後、自分の背中を畳につけて長々と寝そべる態位をとったりした。
 
 そのいずれの時も、健さんはフィニッシュにうううとライオンのように吠えた。その声は、発声することによって女を独占している男の喜びを謳歌しているようにきこえた。あんな男そのものの声をあげて射精する健さんは、ノーマルな女好き以外の何者でもないと思った。

 その証拠に、宇吉が知っているだけでも伊都子は三年間に二回も、健さんの子供を堕している。遠くから見る健さんは、宇吉にとって本理想であり神様だった。にもかかわらずそんな心をひた隠しているだけに、秋になっても法被ともっこ褌だけの男らしい健さんを見ると、頭がふらふらした。

 健さんの太鼓腹や、もっこ褌を内部から押しあげる股間のもののたたずまいや、如何にも固そうにふくれた丸い尻や、頑丈な腰を見ていると、伊都子を抱いてゆっくり腰を使って射精する健さんの性を想い出して、何時でも六十八歳の宇吉の心をふるわせた。