私の初体験(月刊「サムソン」1998年4月号特集)

私の結合初体験
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 昭和二十年四月、私は九州北部の某旧制高校の三年で二十三歳だった。長い戦争の故で食物も衣類も極端に乏しく、街はひっそりと寂れ全く先の見えない学生生活だった。しかし今から思えば私はS配属将校のお蔭で、非常に充実した生活を送っていたのだ。

 彼は当時四十歳の陸軍少佐で、でっぷり太っており鼻下に蓄えたちょび髭がよく似合う、非常に優しくて男性的な男だった。私はそんな彼に初対面のときから一気にのめりこんだ。

 彼と最初の接触を持ったのは、その前年の晩秋の夕刻である。玄界灘の見渡せるS少佐の下宿の二階で、私は彼の愛撫に身を任せていた。

 私にとって彼は父よりもむしろ祖父に近い雰囲気を持っていた。彼の愛撫は一時間にも及ぶキスに続き、私の全身に唇を遣わせた後は必ず私の精液を畷りこんだ。さらにそんな愛撫の間、彼の右手の指は私の肛門のなかに入ったままやさしい動きで私に此の世界の楽しさの扉を開けてくれたのだ。

 その間、私も彼の性器を握り、さらにそれを舐めることに喜びを感じるようになったし、彼の性器がそれまで無垢な私の性器とは比較できないほど逞しく、しかもこの世界では垂涎の的であることを知るころ、彼の性器を根元まで完全に受け入れた。

『おまえには気の毒なことをした。許してくれ』
 
 それはS少佐が私の体を抱くたぴに洩らす愁訴だった。

『私は、おとうさんが死ぬほど好きです』

 私はS少佐の言葉を聞くと彼のことを『おとうさん』と呼び、彼の体に貫かれながら深い淫蕩の快楽に声をあげて良がり泣いた。

 一度そういう結合が出来てからの私と彼は急速に親しくなった。私の彼にたいする愛は泣きたくなるほど純粋だった。S少佐のことを思うだけで体が震えるほど彼に惚れこんだ。

 その彼が南方戦線に招集されたのはその歳の六月だった。私は学校を休み長崎県の相の浦港まで見送りに行った。それが彼との永遠の別れとなった。

 あの日から五十二年の歳月が過ぎ去り、私は七十五歳の年輪を重ねながら男の情話を書き繋いでいる。

 そんな情話に出てくる男たちの原型の殆どに、S少佐の面影が宿っている。近々私は、私をこんな素晴らしい情念の世界に導いて下さったS少佐との、一年間にも満たないが非常に純粋で濃度の濃い物語を書いて見ようと思っている。