長編小説 #1
【1】
PCのキーボードを叩く音がリズミカルに響く。
そして、一瞬その音が止み…彼女は一息付くとEnterを押した。
―――ピピッ!
何処からともなく機械音が発せられる。
「…ビンゴ」
彼女は指を鳴らし、手早くPCに繋げられた配線を回収し始めた。
…ここは日本のとある街の下水道。 こんな所にまだうら若き女性がいるのには訳がある。
「これであのやっかいなセキュリティーは解除出来たはずだわ。 …早くこんな臭い所とはお別 れしたいものね。」
そう言うと、何の変哲もない目の前の壁を押した。
――――――――………‥彼女の名前はマリア。
いや、実際はコードネームと言うべきか。
某大国のトップスパイである。

彼女は自分の国籍を知らない。
ただ見た目は日本人と大差ない辺り、アジアの何処かの出身なのだろう。 ―話を戻そう。 マリアがここにいる理由…それはやはり在籍する組織の指令に従っての事だった。 この下水道の上には、街一番の総合病院が存在する。調書によればかなりの人気があり、患者も多いという。 しかし、光あれば影あり…病院の地下に厳重なセキュリティーの敷かれたラボが存在するというのだ。 治療に関する研究ならば、まさか組織もマリアにわざわざ忍び込ませたりはしないだろう。

おそらくその研究内容…面だっては公表出来ない“モノ”なのだとマリアは予想する。
『指令・地下研究所より研究内容に関する書類及びサンプルを入手せよ。』
マリアは指令を再確認し、PCを閉じた。
「…フン。わざわざ私を動かすって事は、よっぽど“楽しみ”な内容なんだろうね。」
大きめなアタッシュケースを開く。 そして怪しまれない為に変装していた水道局員の制服を脱ぎ、いつものぴったりとしたラバーのボディースーツを身につけた。
「発砲許可は出されてないから、こんなモノしか持っていけないか…。」

そうつぶやき、小型の麻酔銃・麻酔のシリンダー20本…そして、スタンガンにサバイバルナイフを身につける。 身の危険が及ばないとは限らない。 いつだって、マリアに下される指令は危険と隣り合わせな事が多かったからだ。
…目の前には、先程までただの壁だったはずの所に、ぽっかりと人一人入れる程の通路が姿を現していた。しばらく使われてなかったのか、かなりカビ臭い。 もっともこういう侵入経路の方がマリアには好都合だが。
「さあ、パーティーの始まりよ。」
楽しげに微笑み、マリアは足を踏み入れた…。

【1】終

□長編小説
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