悪党

 

 

 

               瓦斯灯の下、たたずむ貴方、石畳に落ちる影。

               霧で霞む街角。月がぼんやりと浮かぶ。

               たった今気付いたふうを装い、部屋の明かりを消す。

         

               それが 合図。

 

 

 

      月のおぼろにねそべって たわむれの遠廻り

      幾度となく 繰り返す

      さざ波のように 又さわぐ胸

 

 

 

               「今晩は、マダム」

 

               透る声を背中に感じゆっくりと振り返る。

               薄い微笑みを浮かべ

               小さなテーブルランプの明かりのぶんだけ貴方にわたくしを映す。

 

               差し伸べた手を優しく取られ 儀式のように唇を寄せられる。

         

               「今宵の貴女も 美しい」

 

 

 

      悪い人ね まるで宵待ちのように 

      近くにいて だけど手が届かない

      本気としか思えない口づけ

 

      かげりのない瞳のあなたが怖い

 

 

               まるで恥らう娘のように わたくしの胸を躍らせる貴方のその瞳が

               秘めた気持ちを見透かすように 妖しく 揺れる。

               操られるままに寄り添うわたくしは、

               偽りのベールを纏い、闇に紛れて貴方に抱かれる。

               交わす口づけに酔わされ

               その行為をも貴方を酔わせるように誘う。

               螺旋の階段のように続く何もかもがまぼろしであるかのように

               手探りする手を絡められたまま

               偽りのわたくしの姿に本当のわたくしを探す。



               幻想の楽園の中で。

 



 

      罪な事と女は言うけれど いつか溺れてく

 







      月の呪文にねむらされ 気づかぬまに輝く

      ころがる夜露の涙を 嬉しいからさといじわるに言う

 

 

 

               「違うわ」

               「いいえ、違いません。

                御覧なさい、こんなに温かい」

 

                優しく頬を撫でる指。

                眩暈にも似た柔らかい温もりが 身体中を満たしてゆく。

                それでもつれなく振舞う仕草を、笑ったりはしないで。

                溺れる感情があらわになってしまっても、知らないを顔して。

                こらえきれなくなって漏らす吐息に溜息を混ぜてはぐらかす

                わたくしを



                見つめないで。

 

 

 

 

      悪い人ね まるで宵待ちのように

 

               「わたくしは 貴方のこと なにも知らないわ」

 

      とぎれとぎれ せつない口笛は

 

               「私は私ですよ。それだけでは いけませんか?」

 

      折れそうな程 強く抱いておいて

 

               「愛しているとも 言って下さらないの?」

 

      襟ひとつも乱れやしない

 

               貴方の唇が愛しているとかたどるのを待ってみても

               微笑したまま 誤摩化されたまま。

               動かないまままた 唇を重ねられる。

               わたくしは貴方に騙されたまま

               かすかな声で呟く。



               「ずるい ひと」

 

               真実も現実も、幾度の夜もうたかたの夢にすりかえられて

               その度ごとに 貴方に 恋して 落ちてゆく         

         
        

               「貴女を 私に」

 

 

 

      おさない頬 横顔が切り札 

      理屈なんか砂のようにこぼれる



      そして私 

      迷い子のように優しくされて 



      もう どうでもかまわない
















song by MAKOTO SEKIGUCHI

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