冬のエトランジェ  2

 

 

 

 

 

        十五になったばかりの冬、

        あなたとわたしの関係を、周りの大人たちはひそひそと噂をしては

        相変わらず冷たい視線を向けていましたが、

        やましいことなどないのだからと笑って見せるあなたの強さを、信じていればそれでいいのだと

        もうずいぶん前から思えるようになっていました。

        ここにあなたがいるということ、

        ただそれだけが、わたしにとって生きる意味でした。

        永遠ではないかもしれないこの僅かな幸せだけを糧に過ごしていました。



 

 

 

        ずっと影で罵られていた言葉の意味を、

        非情な真実を知ってしまうまでは。

 

 

 

 

             あのこはおおだんなさまのまちがいからうまれたこなんだよ

 

 

 

        最初から存在を否定された子供

        わたしが誰なのか

        どうしてここにいるのか

        あなたは知っていたのでしょうか?

        知ってなお優しく努めてくれていたのでしょうか?

        その愛情は慈悲だったのでしょうか?

 

 

 

             あれだけゆうがさんがかまっていたって どうせおいだされるというのに

 

 

 

        心のどこかで愚かにも願っていた希望を打ち砕かれ

        ぐるぐると思いが巡る頭を抱えたまま、屋敷を出たわたしの足は

        無意識にあの礼拝堂へと向かっていました。

 

        わたしに与えてくれたあなたの優しさの意味が

        わたしが密かに抱いている想いと同じであればいいなどとは望みません

        どうかこのまま

        あなたに出逢ってしまったわたしを、あなたの傍にいさせてください。

 

        マリアさまの御前に崩れるように膝まずいて

        わたしはそう願い乞うたのでした。

        あなたの顔が浮かぶたび、溢れる涙は止まることなく頬を濡らし続け、

        わたしの視界とともに叶えられない未来をぼやかしていました。

 

        泣き疲れ、いつのまにか眠っていたわたしが気が付ついたのは

        日もとうに沈んで夜が月を空に浮かべる頃でした。

 

        ゆっくりと開いたドアの向こうにあなたが立っていました。

 

 

 

        「やっぱりここにいたね」

 

 

        少しだけ険しい顔をして肩で息をして

        だけど変わらない優しい声がわたしの名前を呼びました。

 

        「リカ」

 

        枯れたはずの涙がまた溢れてきて、

        近づいて、わたしを抱き起こそうと伸ばされたその腕の奥の胸に顔を埋めると

        子供のように泣き続けるわたしを、あなたはぎゅっと抱きしめてくれました。

 

        「俺が傍にいるから」

 

        涙のわけも聞かず

 

        「だから泣かないで」

 

        その優しさに壊れてしまいそうで

        自分の感情を抑えるのは、もう限界でした。

 

 

        「ごめんなさい・・・」

 

        愛してはいけないひと

 

        「わたし・・・」

 

        愛されたいと願ってはいけない

 

 

        「悠河が 好き・・・」

 

 

 

        解き放ってしまった禁句

        あなたの笑顔が消えてしまうのを恐れて

        この温もりを失いたくなくて、ずっと口に出さなかった言葉。

 

 

        凍りついたようにあなたの動きが止まるのを感じて

        どれくらい時が過ぎたでしょう。

 

        ゆっくりとあなたの身体が離れて、

        抱きしめられていた手は

        力の抜けてしまったわたしの両手をなぞるように掌へとおりてゆきました。

        絶望をこの身に受けながらも、かろうじて見詰めていたあなたの瞳に映るわたしがふと揺れて

        あなたの唇が動きました。

 

 

 

 

        「俺もリカが好きだよ・・・」

 

 

 

 

        破裂しそうなほどの鼓動をわたしのなかに感じました。

 

 

 

        涙で濡れたわたしの頬を包む両手は冷たくて

        そっと重ねられた唇も冷たくて

        そこから流れ込むものだけ、とても熱く感じました。

 

 

 

 

        わたしは 悠河を 愛しています

 

 

 

 

 

 

 

 

        これが罪というのならば

        その行為に魂を預け、浄化されるのを待つわたしは



        罪人なのでしょう。













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