冬のエトランジェ 3
時ノナイチャペルデ フタリ 互イヲ汚ス
行キ場ノナイ淡イ想イ 涙デ濡ラス
アナタハマルデ アノ オボロ月
不確カナ夢 灯シ続ケテ
静寂が支配する夜
肌蹴けられた白い肌、微かに震える細い身体が薄闇に浮き上がる。
風が窓を揺らす。ガタガタと鳴るその音が俺の中に吹き溜まる焦りをあらわすようで
それを吐き出すかのように冷えた肌に唇を這わし胸に顔を埋める。
安息を求めて辿り着いた小さな礼拝堂。
誰にも邪魔されることのない俺達だけの聖域。
小さな祭壇の向こうには小さなマリア像
静かに佇むその慈愛の影に背を向け抱き合う。
罪という名の聖なる契り。
寒々とした空間に熱い息遣いが漏れる。
外の世界からまるで遮断されたように
時を止めて互いを感じあう。
むさぼるように飢えを満たそうとするその行為は、
願うものが手の中にあるというのに
互いに求め合う想いが通じているというのに
いくらも満たされないままで。
おさまらない焦燥感
惨めさにも似た感情
愛しているのに。
こんなにも愛しているというのに。
あまり干渉しないようにときつく言われて、この家に連れてこられたリカを見た時、
天使がいるというのならきっとこの子のことを言うのだろうと思った。
小さく脅えるその天使が、取り巻く不安に押しつぶされて今にも消えてしまいそうに見えたから
大人達をかき分けて思わずその手を取ってしまった。
ぎゅっと力が込められるちいさな指の感触は今でもこの手に残っている。
震えながら俺を見上げるリカの透き通ったグレーの瞳を間近に覗いたとき、
魂が震えた。
「僕が一緒にいてあげる」
その瞳に、そう誓った。
血としきたりに固められた家
この島の中でしか生きられない人々
家柄やら継承に身を縛られ、体裁ばかりを気にする家系。
幼いリカに対する大人達の言動が俺には不可解で、
はたから見ているとそれはとても嫌な気分にさせた。
寂しくないはずはない、辛くないわけじゃない、
それでも健気にここで生きようとしているリカ。
どうして大人達はそんな態度をとるのか。
俺は違う
俺だけはリカを守る。
妹がいるとしたら、きっとこんな感じなのかも知れないなどと、
使命感にも似た安易な感情を抱いて、俺はリカとの時間を出来る限り作っては
リカのためになるいろんなことを教えていった。
いくつもの春と夏と秋と冬をリカと二人、寄り添うようにして過ごしてきた。
リカが何故ここに来たのか、深く知ろうとも思わなかった
俺だけに懐いて、俺だけを頼るリカ。
時折見せる笑顔に俺も救われるような気持ちになった。
その笑顔がいつの頃からか急に大人びたように見えて
質素をまとい慎ましく日々を過ごし、
逆境の中咲く花のように美しく成長してゆくのを俺はとても近くで感じながら
胸の奥に蹲る何かを無視するようにして傍にいた。
使命感だと思っていた感情が歪みはじめたのはいつの頃からだったかなどとは
もう思い出せない。
いや、
最初からそんな感情はなかったのかもしれない。
愛しさという言葉にすりかえてきた自分勝手な欲望。
委ねられた魂、その手を求めていたのは
リカではなく俺だった。
ユライデユレル恋心ニ フタリ静カニ 呼バレテル
周りでささやかれるまことしやかな噂など、信じてはいなかった。
親父が遠まわしに言ってきた、リカは祖父の不実の子だということさえも
だからなんだと記憶から消してしまっていた。
リカがリカであれば それでいい。
そう思っていた。
家を飛び出したまま夜になってもリカが帰ってこないと知って、迷わず俺は礼拝堂へ向かった。
手を差し伸べて抱き寄せると俺に泣いて縋りつくリカ。
何かを知ったか、言われたか、大体の見当はつく。
いつかは知らなければならないだろう事実を、俺はいつのまにか隠すように触れないようにとしてきた。
愛しいリカにずっと傍にいて欲しいという想いがそうさせた。
身勝手な欲望、だけど離したくない。
不安を隠したまま、何も聴かずにただリカを抱きしめた。
「悠河が 好き・・・」
まるで懺悔の言葉のように零れたリカの想いが
今まで自分で自分を誤魔化してきた俺の殻を一瞬にして砕けさせた。
「俺もリカが好きだよ・・・」
もう偽らない。俺達は同じ想いを抱いていたのだから。
もう戻れない。その愛を知ってしまったのだから。
もう離さない。