Side-K

 

                 夜のドライブ。

                 今日はどこへ行くのだろう。

 

                 カーステレオから流れるラジオはかすかに聴こえる程度のボリューム。

                 ちょっとだけ窓を開けてみる。

                 ずいぶんと冷たくなった夜風がするりと車内に入る。

 

                 「酔った?」

                 「いえ、大丈夫です」

                 「もう着くから」

 

 

 

 

 

                 とても静かな空気。

                 あたりは人影どころか建物さえも遠く小さい。

 

                 「外出るよ」

 

                 車から降りて、目の前にある土手を登る。

                 上りあがった場所から一面に広がるススキ野原。

                 「わあ・・・」

                 さわさわと乾いた音。

                 月の光が金色の野原を照らし、ゆらゆらと穂が波打つ。

 

                 「月光浴・・・したかったから。

                  寒くない・・・?」

                 「平気」

 

                 そう言って笑って見せる。

                 ほっとしたような笑顔が返ってくる。

                 今日の月明かりはすごく明るくて、

                 まるで昼間のように細かい表情までよくわかる。

 

                 そっと手を繋いでみる。

                 やわらかく握り返され、二人繋がったまま少し歩いてみる。

                 影が長く伸びる。

 

                 「お月見にはススキでしょ」

                 「うん、キレイ・・・こんな場所があるなんて知らなかった」

                 「教えてなかったもん」

 

                 静かに立ち止まる。

                 向かい合う瞳にあたしが映る。

 

                 「びっくりさせたかったから」

 

                 二人の距離が縮まる。

                 いつの間にか繋いでいた手は両手になって引き寄せられる。

                 月明かりの下

                 唇が重なる。

 

 

                 リカさんのキスはいつも優しい。

                 あたしが壊れないように?

                 甘く柔らかいキスに私は精一杯優しく答える。

                 リカさんが壊れてしまわないように。

 

 

                 さわさわと穂が擦れる音が

                 入り込まないくらいぴったりと身体を寄せ合って

                 包み込むように、少し強く抱きしめてみる。

 

 

                 「たに・・・?」

 

 

                 「・・・かおるです」

 

 

                 二人きりの時でも、

                 あたしの名前をこう呼んでくれない。

 

                 「皆がいるところでついつい出ちゃったら

                 おかしいじゃない。慣れないでいないとね」

 

                 予防線だって。

 

                 でも、リカさんにだけは特別扱いしてもらいたい。

                 昼間でない明るさのなかであたしの名前呼んで欲しい。

                 だから催促。

 

 

                 「・・・誰が好きなんですか?」

 

                 「・・・・・・・る・・」

 

                 「聴こえません」

 

                 「・・・か お る」

 

 

 

                 夜風が

                 ざあっとススキに大きな波を立てる。

                 背中に回した両腕を少し緩めて

                 肩に埋めていた顔を上げると

                 耳まで赤くなったままそっぽを向いて月を見つめている。

 

                 「いじわる」

 

                 そう呟く唇も、

                 ちょっと膨らせている頬も

                 滲んでる瞳も

                 月の光がはっきりとその輪郭を照らし出していた。

 

 

 

                 月明かりの下でだけ

                 あたしたちは

                 本当の姿を浮かび上げる。










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