Side-K


 

        くたくたに疲れた身体でマンションに向かう。

        冬の街明かりが、人肌恋しくなる気持ちを増幅させる。

        少し冷えた体、夕飯のコンビニ弁当、明かりのついてない部屋には

        「おかえり」って言ってくれる人なんて、もちろん誰もいなくて。

   

        暗いままの部屋にバッグを投げ置いてベッドに深く沈む。

        上着のポケットから携帯を取り出して、メールの履歴をスクロールしてみる。

 

        「リカさんに逢いたいな・・・」

 

   

        最近全然逢ってない。

        そりゃ、舞台では毎日毎日顔合わせてるんだけどさ

        楽屋とか舞台裏とか一緒だけどさ

        違うんだよね、それってちょっと。

   

        だってそれって“その他大勢の一人”なんだもん。

        そんなんじゃなくて“あたしだけ”にかまって欲しいの!

 

        ・・・最近ひどく甘えたい気持ちが頭の中をかなり占領してきてる。

   

 

        「・・・お風呂ためよ・・・」

        溜息まじりの独り言、のろのろと立ち上がりバスルームへ。

        なんだか食欲もわかないや。

   

 

 

 

 

 

        湯気にまみれて、なんとなくスッキリした顔でバスルームから出ると

        その視線の先にぎょっとして小さく悲鳴を上げてしまった。

 

 

        「おつかれさん」

        「リ リカさん!?なんでっ??」

        「来ちゃった」

        「じゃなくて!今日ソデで用事あるから早く帰るって言ってませんでした?」

        「へえー、よく聞いてたねー。そうよ」

        感心するように目を丸くして、立ち尽くしたままの私を見て一言。

        「用事。ここ」

        「えっ?」

        「タニに逢うのが今夜の私の用事」

        「なっ・・・」

 

        驚きと嬉しさとなんだかもうわけわかんないので、たぶんすごい変な表情をしてるあたし。

        の顔を見て吹き出してケタケタ笑うリカさん。

 

        「そんな約束・・・何も聞いてないですよー」

        力が抜けたように、へたりと床に座り込む。

        ハイハイというようにリカさんはあたしの手をひいてまた立たせ、

        軽い足取りでソファーまで連れて行く。

 

        「だって、タニの顔に“リカさんに逢いたいよ〜”って書いてあるんだもん」

        「な・・・っ!」

        「はいはい、甘えたさん。いくらでも甘えてどーぞ」

 

        向き合うあたし達。両手を広げて首を傾げるリカさんが、なんだかすっごく可愛いいんですけど・・・。

        そしてなんだかすっごくはずかしいんですけどあたし・・・。

   

        躊躇してたらリカさん「もう!」って感じであたしをぎゅっと抱きしめてくれた。

        リカさんの柔らかくて優しい匂いに眩暈しそう。

        お風呂上りでほかほかで気持ちよくってこのまま寝ちゃいそうなくらい・・・。

 

        あ、

 

        「ダメっ。リカさんの服濡らしちゃう」

        「いいよ」

        肩に置いた濡れ髪の頭を離そうとするあたしをまた優しく抱きなおす。

        「いいの。こうしたかったの。私も」

 

 

 

        リカさんはいつもあたしが欲しいものをくれる。

        それは形あるものではなくて、言葉だったり、行動だったり。

        それであたしはあっという間に幸せな気持ちになる。

        甘えて甘えてどうしようもなく喜びを実感する。

   

   

 

        「リカさん・・・」

        「ん?」

        「キスしていい?」

        「・・・別に予告なしでもいいんだけど?」

 

 

        言葉を返すより先に唇が塞がれる。

        ふわふわのマシュマロのような優しい感触で全身が緩やかに波うつよう。

        ああ、どうしてこんなに気持ちいいんだろ・・・。

 

 

        「もっと・・・気持ちいいこと、する?」

        そういって伸びた細い指があたしの服のボタンをはずしだす。

        「・・・疲れちゃいますよ?明日きつくなっちゃいますよ?」

        ほころびそうになる顔をこらえて天邪鬼な返事をしてみる。

        「・・・そんなに体力なくないっつーの」

        「いっ」

        軽く鼻をつままれ、反射的に背をそるあたしに覆いかぶさってくるリカさん。

        フローリングに二人重なって倒れたまま、

        見上げると至近距離で大きな瞳と尖らせた唇があたしを挑発する。

   

        「充電しないと、ね」

 

 

 

 

   

        「・・・知りませんよ

         明日・・・寝坊したって・・・」

 

 

 

 

 

        どんなに毎日仕事におわれていても

        どんなに身体がボロボロに疲れていても

        そんなの全然かまわない。

        好きな人と過ごせるのなら

        それがほんの少しの時間だとしても満たされたいし、満たしてあげたい。

        リカさんがあたしにそうしてくれるように。

 

        だから、こそ、

        抱きしめあって、たくさんキスして、気持ちよくなって、

        ひたひたになるくらい心を充電しあう。

 

 

 

        温もりに溺れたくなるのは

        寒い夜だからじゃなくて・・・。













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