Side-K
「あ、可愛い〜。
すごいそろってるぅ〜、どしたんですかこれ?」
「もらったの」
上等そうなケースに入ったマニキュアたち。
「どれか好きなのあげる」
「いいの?」
選んだのはオレンジ。迷ったあげく結局自分の好きな色。
グラデーションのようにきれいに並んだ小瓶の中から一つだけ抜き取り
かざして色を確認するようにまじまじと見つめる。
「いくつか持っていっていいわよ」
「ううん、いい。
あんまりつける時とかないし」
爪の手入れはとりあえずやってるけど、男役なあたしはあまり派手なマニキュアをしない。
公演中ならなおさら。
でも明日は休演日。
「リカさん、リムーバーある?」
「あるわよ」
「じゃ、ちょっと塗ってみてもいい?」
「どおぞ」
テーブルの上に左手をぴんと広げて気合を入れる。
こういうのってちょっと緊張。あまり起用じゃないから真剣に構えて色を爪にのせる。
「あ」
・・・さっそくはみ出してるし。
オレンジって結構色ムラが目立つんだ。
あー、もういいやって感じでさっさと雑に塗り上げる。
「どうよ?」
一通り片付けがすんだリカさんがリムーバーとコットンを持ってあたしの隣に座る。
「ちょっと上手く出来なかったぁ」
テーブルにはりつけたままの手を見て一言。
「あれま、下手だねー」
「いーの、試し塗りだからっ」
「それ、貸して。
ほら、右手出して」
それは魔法のように
っていうのは大袈裟かもしんないけど、あっという間にあたしの右手の爪は
キレイなオレンジ色に変わった。
「リカさんってこういうのすごく上手だよねー」
左手と見比べて、たははとなさけなく笑う。
「左手もやったげよっか?」
「・・・おねがいします」
ムラだらけのネイルをリカさんが手際よく丁寧に落としてく。
優しく扱われることに慣れてない手が少し緊張してる。
まるでエスコートされるような感触。ちょっとだけお姫様気分?
「ん、いんじゃない?」
短い爪だけど、オレンジがとてもよく映えて可愛いかも。
重なる花びらみたいに指を組んで眺めてみる。ちょっとだけ嬉しくなる。
「ありがと、リカさん。
・・・・・・何?」
ふーん、っていう顔してじっと床を見つめるリカさんの目線の先にはあたしの足。
「ペディキュアもしてあげよっか」
リカさんが弾んだ声であたしの顔を見る。
「いいです!足は見えないんだしっ」
「見えないんなら色付いててもいいじゃないよ。
せっかく爪の形キレイなのにい。やったげるっ」
「やぁだぁっ、リカさんに足っ
足とかっ・・・出せないよっ」
あああ、もう変なこと言うから、顔が赤くなってきちゃう。
あせって椅子の下に足をしまうけど、まだ完全に乾いてない手では
床に移動しようとしてるリカさんの動きを止められない。
尻込みするように立ち上がって壁に逃げてみるけど、それこそ無駄な抵抗。
背中を押されてソファーに座らされたあたしの足を抱え込むように持ってリカさんが床に座る。
足にぴったりとくっつけられた柔らかい感触。
体温を直に感じる。気持ちいいけどかなりどきどき。
あたしの位置からはリカさんの頭しか見えてないけれど、
つま先に触れる感覚だけでも、すごく丁寧に塗ってくれてるってわかる。
緊張と恥ずかしいのとで、足がつっちゃいそう。
ふう、と指先にかかる息に、ゾクゾクしてるあたし。
なんだかすごく変な気分。
リカさんってたまーにこゆこと全然平気でやっちゃうんだよね。
「なに感じてんのよ」
いつのまにか振り向いてるリカさんがうっとり顔のあたしを見てにやにやしてる。
もう恥ずかしいのを通り越したあたしは一気に力が抜けた。
まだ動かせないでいるあたしの足にもたれたまま、リカさんは自分の爪にも色を付け始めた。
「ん、かわいい」
ひらりと手のひらを返してあたしに向ける。
「お そ ろい」
悪戯っぽく笑ってみせて満足気にあたしを見上げる。
つられてあたしも顔がほころぶ。
「似合ってるよ」
「リカさんもね」
手のひらを合わせて
絡めあった指先から温もりが伝わってくる。
色が繋がって
重なって
莟が開くみたいに。
混ざり合って
溶け合って
ふたりひとつになるみたいに。
誰にも見せない。
指先にほころぶ秘密の色、あたしの好きな色。