Side-K


 

 

 

      カーテンの隙間から差し込む光が頬にかかり、明るさを感じてうっすらと目を開ける。

      柔らかく暖かいまどろみの中、ぼやけた視界の輪郭がだんだんと浮き上がってくる。

      うぅん、と手足を伸ばしてシーツのひんやりとした場所に熱を移す。

 

 

 

 

 

 

      昨日の夜、

      ふたりでゆっくり過ごすはずだった。

      ひっさしぶりのデートらしいデート。前から行きたいって言ってたお店に

      連れて行ってくれるはずだったんだけど。

      待ち合わせの時間、逢ったとたんにケータイが鳴った。

      最初は無視してた着信。だけど何度も何度もしつこくかかってきた内容は急な仕事のアポだった。

      リカさん名指しの。

 

 

      「・・・だって さ」

      「・・・・・うん」

      「ごめん」

      「ううん!なんで?ごめんじゃない。それって大事な呼び出しなんでしょ?

       だってスポンサーだって言ってた・・・」

 

      ふう、と重い溜息をついて上目使いに見つめられる。

      真ん丸い瞳がちょっぴり寂しそう。

 

 

      「はい、立って立って。

       早くしないと時間に遅れちゃいますよ」

      「ほんっとに・・・ごめん!」

      「いーんですってばぁ」

 

      重い足取りのリカさんの背中をぐいぐい押して送り出す。

      「じゃあ、気をつけていってらっしゃい」

      「ん。あ、ちゃあんと真っ直ぐ帰るのよっ

       ・・・ては言えないか。

       ごめん。次、埋め合わせするからっ」

      びしっとあたしに向けた指をしおしおと結んで下げる。

      ちょっと寂しげな笑顔を残してタクシーに乗り込んだリカさんは、接待先へ行ってしまった。

      振り返ってこっちを見てる顔が見えなくなるまで、なんとか笑顔を崩さずにいられた。

 

 

      こんなことめずらしいことじゃない。

      慣れてもいないけど・・・。

 

 

 

 

 

 

      「ただいまー」

 

      誰もいない部屋へ帰る。

      一人の夜はいつものことだけど、

      おあずけされてもってかれちゃったようで、何だか居心地が悪い。

      甘えられずに空を抱くスカスカの両腕をどうすればいいのか。

      ちぇっ

      ついてなーい。

 

 

      冷蔵庫の残り物で簡単に夕飯を済ませた。

      本当だったら美味しいディナーを食べれるはずだったのに。

      時間かけてお風呂に入ったのに、まだまだ夜は長い。

      借りてたビデオも昨日全部見てしまった。読みかけの本の続き、気になってはいるけど

      今日は読みたい気分じゃない。

      ぼんやりと音を消したままテレビの画面を眺めてる。

 

      そういやこないだ下級生からもらった写真、まだ整理してなかったな。

      ふと思い出して机の上に置いたままにしてある封筒を手に取った。

 

      綴じかけのアルバムを広げて、一枚一枚確認するようにゆっくりと眺めてみる。

      表舞台の華やかさと真剣さに負けないくらい賑やかで慌しい舞台裏の風景。

 

 

      あ、これ

 

      やだ、リカさんと一緒のヤツがあたし一番嬉しそうな顔して写ってる。

      バレバレじゃないの。こんなんだと。

      他の写真と見比べながら、あーあと小さく溜息。

 

      でも、ま、しょうがないよね。

      だって嬉しいんだもん。

 

 

      ちょっとだけ肩寄せて、すごく嬉しそうな顔したあたしと涼やかに微笑むリカさん。

      舞台メイクじゃなかったらもっとよかったのに。

 

 

      ごろん、と仰向けにベッドにころがって顔の上で写真をかざしてみる。

 

      キレイでかっこいいリカさん。

      と、あたし。

 

      ちゃんと釣り合ってるか、だなんて思うだけ浅はか。

      “上級生と下級生“この距離はどうあがいても縮まらないことなんだから。

      でも追いつきたい。

      リカさんの隣にいても恥ずかしくないように。

      ううん、隣にいるあたしをリカさんが恥ずかしいと思わないように。

 

      とりあえず、仕事場ではまだまだ当分時間かかりそうだけど

      二人だけの時くらいは、同じ視線で見つめていたい。

      隣にいなきゃダメだって、言ってもらいたい。

 

 

      そんな風に思ってもらえてるのかなあ・・・なんて一人になるといつもネガティブ思考。

      うじうじしてる自分、見ないフリするように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

      眠るあたしに

      夢の中でリカさんがおやすみのキスをしてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

      「・・・おはよ」

      「お帰り・・・

       やっぱり夢じゃなかった。キスしてくれたの」

      「ん・・・」

      伸びをした拍子に腕があたり、すぐ隣で眠っていたリカさんが目を覚ました。

      とろん、とした顔のままあたしの肩に頭を乗せて、まだ眠いのって言いたげに

      その頬を擦り付けてくる。

      柔らかくて優しい感触をうっとりと感じながら、そっと包むように抱きしめる。

 

      「ゆうべ・・・遅かったの?」

      「・・・んー・・2時くらい・・だったかな・・・」

      「昨日ね」

      「うん・・・」

      「ちょっと、寂しかった」

      「・・・ちょっとだけ?」

      「ううん、ホントはめちゃくちゃ寂しかった」

      「私も・・・ガマン出来なかったから・・・来ちゃった」

 

      きゅうっ、と廻した腕に力がこもる。

      嬉しくて嬉しくて

      痛いって言われるまでぎゅうぎゅう抱きしめた。

 

 

      今のあたしたちの間には

      遠慮も、距離も、我慢もなにもなくていいんだよね。

 

 

      おはようのキスをして

      好きだよってキスをして

      べたべたに抱き合って

      それを飽きるまで繰り返して

 

      今日はこのまま

      もう少しだけ・・・となりで眠らせて。














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