Side-R


 

 

 

         夏の名残の南風。後れ毛が揺れてうなじをくすぐる。

 

         どう思うかしら?

         なんて言うかしら?

 

         開放されたカフェの窓、流れ込む柔らかな風にまどろみながら

         恋人を待つ。

         手持ち無沙汰にストローの紙を指で弄ぶ。

 

         待ち合わせ時間の5分前。

         いつもならもう来てる時間。

         私だって気付かないでいるのかも。

         目深に被った帽子のつばを少しだけ上げて店内をチラと見渡す。

         不意に後ろから肩を叩かれる。

 

         「誰探してるんですか?」

         振り返ると見慣れた笑窪が飛び込んできた。

 

         「車、店の前に路駐してきたんで。

          リカさんお昼まだでしょ?いきましょ」

         そう言って飲みかけのアイスティーに視線を落として

         その隣に伏せてあるオーダーをさっと手にしてレジへ向かう。

         鍵開いてますから、という言葉に促されて

         レジで支払いをしてるかおるより先に店を出た。

 

         きれいに磨いてあるボンネットに太陽が反射している。

         大事にしてるんだな、と一目でわかる。

 

         「おまたせしました。

          さ、乗って下さい」

 

         特に深く考えず助手席に乗り込む。運転席にかおるが座る。

         ワンテンポおいて えーっと、とか言いながらミラーを見るもんだから思わず尋ねた。

 

         「私、死なないよね?」

         「大丈夫ですってば。慣れた道しか通りませんから」

         照れたように笑ってハンドルを右にきる。

 

         また少し痩せたかな?柔らかそうな唇は変わらないけど。

         白い肌、サラサラの髪。前方のみを真剣に見つめる瞳・・・。

         ああ、助手席ならずっと横顔見れるんだなあなんて、あたりまえのこと今更思ったり。

         初めてかおるが運転してる車に乗るけど、初心者の運転だからっていうドキドキはない。

         だけど、胸がすこしだけ弾んでるのがわかる。

         こんなデートもいいな。

         自然に顔がほころぶ。

 

 

         連れて来られたのはペンション風のイタリアンレストラン。

         店内の作りが変わってて部屋がいくつもある。2階の手前の部屋に通される。

         「予約してたんで」

         たくさんの光が差し込む大きな窓は道路と反対側にあった森林を映す。

         これなら人目を気にしながら食事しなくていい。

         こういう隠れ家的な場所は、都内にもいくつかあるけれど

         自然が近いってのが嬉しい。

 

         軽めのコースを注文した。少し遅めのランチ。

         真昼の日差しの中で二人っていうのはなかなかないからガラにもなく照れてしまう。

         嬉しそうにはにかむかおるは相変わらず可愛くて、つられて私も嬉しくなる。

         大きめのキャスケットを取る。切りそろえた前髪が気になって手櫛を入れる。

         ふと気付くと、かおるが目をまん丸にして私を見てた。

 

         「り か・・・さん・・・っ」

         「なに?」

         「それ・・・」

         「それって、これ?」

         みつあみを少しアレンジしてる今日のヘアスタイル。毛先を指で摘まんでみせた。

         「うんっ」

         あんまりにもめずらし気で嬉しそうな顔で見られるもんだから、恥ずかしくなる。

         「エクステ、編んでみたんだけど・・・ヘン?」

         「ううん、すっごく可愛いっ」

         テーブルの向こうから伸ばす手が届かなくて、椅子から立ちあがったかおるが私の隣に座る。

         「これって取れたりしないの?」

         「ん」

         編んだ髪にこわごわ触れられる。

         「すごい自然。いいなあ〜」

         「かおるもやればいいじゃない」

         「まだ無理ですってば」

         「そぅお?」

         「・・・なんか・・・“リカちゃん”って感じ」

         上目使いで私を見ながらその髪にキス。

 

         心臓が跳ね上がる。

 

         目を細めて口の端で笑って、何もなかったように向かいの椅子へ戻る。

         と同時にノックの音が響き、食事が運ばれてきた。

         赤くなった頬を手の甲で隠すように押さえつつグラスの水を飲んだ。

 

         フォークを口に運びながらの他愛もない会話は仕事の話題がほとんどで、

         なんだか忙しいんだけどって充実してるのはお互いさまなのね。

         私の話を聴くあなたの目が、やけに優しげに感じるのはどうして?

         ううん、それだけじゃない。

         さっきから目につく仕草が、どれもこれも大人びて見えて

         いつもみたいにそれを上手にかわす余裕さえどっかいっちゃってる私。

 

         こんなんじゃホントに「リカちゃん」ね。

 

 

         「今日みたいなリカさん、ううん、

          リカちゃん も、たまにはいいね」

         「そんなにいつもと違う?」

         「うん」

         「いいの?」

         「うん」

         デザートスプーンを置いて、テーブルの上に両手を伸ばされる。

         柔らかい眼差しが私の中の戸惑いを消した。

         まるで甘える子供のようにその両手にそっと手を重ねた。

 

         「どんなリカも、全部好き」

 

         そう言って、きゅうっ と包み込まれた手。ちょっとだけ力強く感じた。

 

         「・・・どうしよう」

         「えっ?」

         それならとことん甘えてみましょ。

         「すごくキスして欲しくなっちゃった」

         「いま?」

         「うん」

         「ここで?」

         「うん」

 

         手は繋いだまま立ち上がって、テーブル越しにうんと背伸び。

         そんな私にあきれるどころかますます蕩ける笑顔を見せる。

         しょうがないなあなんて素振りはちっとも見せないまま、

         鏡映しのように背を伸ばし顔を寄せる。

 

         デザートのシャーベットで冷たくなった唇。

         重ねて確かめて。ついばむようにキスをする。

         何度も繰り返してるうちになんだかくすぐったくなってきて、お互いに吐息がふるえだす。

         「なによぉ」

         「なんでもなーい」

 

 

 

         包み込まれる幸せを初めて感じた。

 

         窓から差し込む木漏れ日がかおるの輪郭をゆらゆらと照らす。

         そんなあなたがとてもまぶしくて・・・。














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