Side.R


   

       「いいんだね?それで」

       「はい。もう決心しましたので」

       「・・・わかりました。まだ時間はあるから残りの舞台を悔いなくやりなさい。

        公式発表は・・・・・・」

 

 

 

       「失礼します・・・」

 

       パタン、とドアを閉じる。

       深呼吸。

       次に踏み出す一歩の勇気を振り絞るために大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

       残暑も過ぎて、街の色が秋に染まり始めた。

       最近の過密なスケジュールもひと段落して久々のオフだ。

       なのにこの天気。朝からずっと雨。

       雨は嫌いじゃないけど、出掛けるのが少し億劫になる。

       閉じたままの窓ガラスは、ひんやりとして白く曇る。

       少し肌寒い昼下がり。

 

       さっき届いたメール。

       遅くなるってどれくらい?

       はっきりしないから逢うのキャンセル出来ますかって言われたけど

       待ってるって言ってしまった。

       今日はなんだかどうしても逢いたかったから、

       雨の日、部屋の中から眺める濡れた風景は好き。

       ぼんやりと時を過ごす。

 

 

 

 

       遠くでケータイの着信音が聞こえる。

       いつのまにかうたたねをしていた私はあわてて頭を覚醒させる。

 

       「もしもし」

       「・・・・・・・りかさん・・・」

       「ん?もう用事は済んだの?今どこ?」

 

       少し沈んだような声に思わず優しい口調になる。

       「・・・リカさんの・・・マンションの下に・・・います」

       「部屋までおいで。今日はもう出掛けなくていいでしょ?」

 

 

       ドアを開けるとそこには

       全身ずぶ濡れになったタニが立っていた。

       「どうしたの!?ほら、早く中入って!」

       バスルームへ連れて行きタオルを渡す。

       「とりあえず暖まっておいで」

 

 

 

       一体どうしたのだろう。

       急に劇団に呼び出されたからって言ってたけど・・・。

       まさか私の話を聞いたのかしら・・・。

 

       まだ誰にも言っていない。私の選択。

       あの日から何日もあのこに嘘をついたままの日々が過ぎた。

       切り出せないでいるのに特に理由はなかったけど

       誰かから聞かされたりするのだけはイヤだなと

       心の端っこにチクリと小さな棘がささったまま。

 

       それなのかな・・・。

   

   

       私の服に着替えて、俯き加減でリビングの入り口に突っ立っている。

       「おいで」

       ソファーに座らせ

       まだ雫が残る柔らかい髪をわしわしとタオルで拭いてやる。

       その手をイキナリ掴まれてぐいと身体ごと引き寄せられる。

       カチリと歯があたる音。

       「ん!」

 

       唇を離すとタニの瞳から大粒の涙がぼろぼろと溢れ出ていた。

 

       「どうしたの?いきなり・・・。

        タニらしくないよ・・・?何があったの?」

 

       「・・・い やだ・・・」

       「ん・・・?」

       「あ たし・・・リカさんが い ない組でなん て・・・

        がんばれな いよ・・・・」

 

       胸を突かれるような告白。

       ・・・知ってしまったんだ。

 

       「タニ・・・それって・・・」

       「宙 組なんか・・・行きたくな いよ う・・・」

   

       「えっ・・・!?」

        何?

       「リ カさん と 離 れ たくない・・・」

 

       涙で言葉を詰まらせながら身体全体で必死にすがりすがりついてくる。

       ぎゅうっと抱きしめられ、締め付けられる腕に鈍い痛みを感じる。

       想いのぶんだけの痛み・・・。

 

 

       そして気付く。

   

       私のせいだ・・・。

   

   

       多かれ少なかれ、私の選択によって

       周りに影響を与えるということは解りきっていた。

       だけども誰もが通る道。

       その余波を受けるもの誰もが納得して、対処するしかない事実。

       組替えだってそう。

 

       だけど・・・。

   

 

       ぐしゃぐしゃの顔、止まらない涙。

       抱きしめられた腕の力は緩むことなく

       私はその強い想いに抱きしめ返すことしか出来なくて、

   

       「ごめん・・・」

 

       「ごめんね・・・」

 

       大きく首を横に振るあなた。

       違う、と。

       でも違わないの。

 

 
       「あのね・・・私が今から言う事、ちゃんと聞いてね・・・」






       なにもしてあげられなくてごめんね。

       ずっと変わらないでいられると思ってたのにごめんね。

       これ以上ここにとどまることが出来なくなってしまった私は

       あなたの心に傷を付けて

       私は新しい世界へ行こうとしている。

 

       未来に

       不安が押し寄せる。

 

       あなたを離したくない。

       たとえすぐ近くにいれなくなっても

       いつも見つめていれなくなっても

       誰よりもあなたを大事にしたいの。

       ずっとあなたを好きでいようと思っている気持ちに嘘はないの。

 

 

       でも私は立ち止まることは出来ないの。

 

 

 

       強く強く抱いて

       このまま心だけは離れてしまわないように

       腕に残る痣が約束の印になるように・・・。

   

 

 

 

 

       強い雨音が消してくれる。

   

       私達は声を上げて泣いた。







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