2004年第1回江ノ島スナイプ選手権
先週末の5月15、16日、今年の第1回江ノ島スナイプ選手権が開催されました。
我らがGH河内丸のスキッパーは大番頭さん、クルーは私、小番頭です。二人とも風邪気味で、
ビタミンCと咳止めを防水バッグに入れての出場でした。・・・マズイ。
1日目。
高気圧に覆われて晴れ。風はちょっと北寄りで割合に涼しく、「今日は東!」でキマリそうな朝でした。
参加艇数は46杯で、ほとんどが学生さんです。
コースは、O旗がオリンピック・コース、T旗がトライアングル2回、W旗が風上風下のソーゼージ・コースで、Z旗が揚げられたときは
「スタート1分前以降にラインを超えると成績表に*が付いて20%のペナルティー」です。
第一レース。風向85度、風速0.5〜4m/s。朝方のちょっといい風は落ちていましたが鎌倉沖はまだ濃い青で、時々ブローが入って来ます。
W旗が揚がり、1回のゼネリコの後、シモ気味でまずまずのスタート。T田教祖の呪文「ミギハオダブツ」を唱えながら左に延ばし、
レイラインぎりぎりでタックしてポートになって右海面を見ると、「・・・悪くないかも」。
上マーク付近では「悪くはない」に変わっていましたが、これは走りの問題ではなく楽観的過ぎる性格の問題でした。
ソーセージ・コースの下りのレグを割と良く走って次の上りはまた思い切り左へ。
この下りの走りと上りの大幅な左出しで順位を上げて、2上では4位。(今までで一番いい順位!)気がつくと葉山の著名人のすぐそばです。
大番頭さん、ちょっとうれしそう。
でもこの2上回航直後に風がパッタリ止んでしまい、そのしばしのベタ凪がやっぱりくせものでした。
油のような海面にジリジリと正午の陽が照りつけて、大番頭さんはたまらず、「早く上りにならないかなあ。」
(たしかにクローズのほうが涼しいですよね。)さらに風は落ちて、「時間切れ」「ノーレース」の言葉が頭に浮かびます。
この時ばかりは先行艇に、もっと速く走ってほしいと思いました。「もう誰でもいいからフィニッユしてくださ〜い!」
水平線上のブロ−ラインに気づいていたのはみな同じでしたが、先行する2艇は沖へ出し、ノースのチャンプはなぜか岸寄りへ。
この作戦の理論は、後日チャンプから聞いたところによると
「ブローの近づく速度がすごく遅い場合、風速は変わらずに、まずシフトが起こる。あの場合はリフトで、
あの時の風速だとリーチングよりクローズの方が速い。」
(このあたりは私小番頭の理解の及ぶ範囲ではありませんので、大番頭さんからの聞き書きです。)
そしてやって来たのが南の大振れ。右に行ったフネはウィスカーポールを出す始末になり、
中間を走っていた河内丸はワラワラと抜かれて9位でフイニッシュしました。
第2レースは、リコールでした。しかもチューニングのミスと藻がからまったせいで、
全然走らず、思い出したくないので省略します。
第3レース。風向220度、風速3〜4m/s。コースはソーセージ・コース。風は意外と上がりきらず
(第2レースのところで書き忘れていましたが、吹いて来ていたのです)、
中間から出て左へぎりぎりまで延ばしました。
「これより先に行きたいスタボー艇はいないって」いうくらい延ばしたので、
ミートを気にする必要もなく(・・っていうことはちょっと左に振れたらオーバーセール)1上を回航しましたが、
ソーセージ・コースの下りで内側に入りすぎ、かなり抜かれてしまいました。
次の上りもまた左でしたが、特にコース取りで違いが出るような局面もなく、そのまま2回目の下回航。
さて、最後の上りはどっちへ行こうか・・・で大番頭さんは、
「もう3時だから右です。」という一見いいかげんな小番頭の予想を信じて右へ出し、
(風に時間割があるのかと疑問に思わなかったのが、さすがです)ほんの少し挽回して14位でフィニッシュしました。
2日目。
朝から昼にかけて前線が通過するという予報。9時にAP旗が揚がりました。風速はゼロメートル、雨がしとしと・・・、
でも神津島では13メートル、さあどうなるのでしょうかというところです。雨中のレースに備えて、小番頭はレインハットを買いました。
10時頃風速が4メートル程になり、すれ違うスタッフのあいさつは、「・・・やるよ」。10時10分にAP旗降下。
風速はどんどん上がり、参加艇がレースエリアに着く頃には雨雲ビュンビュンで波も立ち始め、ノーレースでもおかしくない状況でした。
「は、走りそう・・・」「おもしろいかも」・・・二人ともいいトシをして始末に終えません。
めずらしく上寄りから出てひたすら走り、上のフネがタックしたらタック。スタボー艇に会って下受けタックし、
そのままレイラインぎりぎりまで走りました。
悪くない走りで、上マークにアプローチしましたが、スタボー艇をよけるために少しベアしてタック。10数位で上マークを回航しました。
サイドまでのアビームは強風ノセノセのサーフィング。が、小番頭が下マークを見つけられず、サイドマーク回航直後に下らせすぎてしまい、
上のフネ何杯かに抜かれて下マークを回航しました。
先行艇から離れるためにすぐタックして、そのままポートでレイライン近くまで延ばしてからタック。
良く走っていたところへさらにリフトのブローが入り、気分は完全に「ハイ」です。
この頃には風波は大きなうねりに変わっていましたので、前重心で波の背に乗せ、「伸びのあるクローズ」で走れた・・・ような気がします。
かなり順位を上げ、2上を回った時点で先行艇は5杯になっていました。後続との差がかなり開いていて、
レイラインへのアプローチでのスタボー艇の心配も無く、ファーストクラスで足を延ばして座るような余裕の上マーク回航でした。
できることなら、いつもこんな状況下で走りたいものです。(貯金・・・じゃなくて練習しなくちゃ。)
2周目はマークの位置も分かっているので下らせすぎることもなく、風が落ちてうねりの大きい海面を順調に走りました。
しかし、下マーク回航直後に大番頭さんが「ジブ引いて!ジブジブ!!」と言うのにフネはベア。
小番頭が、訳が分からずぼんやりしている間に、後続艇に内側に入られてしまいました。
後で大番頭さんがフネをクローズにしていなかった事に気づいて「痛恨の1位下げ」となり、着順は7位でした。
この後、雨雲の晴れ間から強風が吹き込み始め、うねりも山のようになったところでH旗が揚がり、みんないっせいにハーバーへ(逃げ)帰りました。
この時のうねりはサーフィンの雑誌を見ているようで、風は言わずと知れた出艇禁止。灰色の空と大波の中を、
40杯以上のスナイプがサーフィングして走っていくのは壮観でした。
結局、総合で46杯中19位でしたが、去年は全然取れなかったシングルの着順を2つ取れましたので、
練習のかいがあったと思っています。
そして、2日間にわたってレースを運営し、荒天の中でも1レースを成立させてくださったスタッフの方々に、
心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
© 2004 Kobanto