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KOBANTOのレース絵日記(5)

2004年東日本スナイプ選手権(2004年9月11日12日)

 スナイプ全日本選手権の最終予選、東日本スナイプの日がやって来ました。  全日本への出場権は、各レースの順位とポイント制を併用して決められます。これまでのレースで 河内丸が獲得したポイントは103点、ポイント・ランキングは18位、キビシイけれど、あきらめるにはまだ早い 位置です。

 1日目。
 「今日は日本の東に中心を持つ高気圧に広く覆われ、北陸から東海地方にかけての太平洋側は晴れ、 前線の近づく西日本では雨のパラつく所もあるでしょう。」「気象情報は平井さんでした。」 といった気圧配置でした。
 日本の太平洋側にある江ノ島では、北東から東北東の風、6〜8メートル。曇り。風は冷たいけれど、やっぱり まだ9月です。パドリングジャケットを着込んだ人が多いようでしたが、ちょっと暑そうでした。 Kobantoは半そでの夏用パド・ジャケ、大番頭さんはショート・ジョンで、少し寒かったそうです。
 海面は、材木座の前が他より少し濃くなっていて、そのあたりを中心に北は七里ガ浜、東は葉山までの間を 振れたり戻ったりのパターンの一日になるのでしょう。大番頭さんのお好みは、これよりもう少し北寄りです。 蛇足ですけど。

   一回目のスタートは、ほんの少し上有利だったと思います。河内丸は何しろ5〜6列目でしたので、 ゼネリコになってホッとしました。
 本番となった2回目は、大番頭さんが「どうしても上から出て右へ行きたかった」ため、本部船のすぐそばから 2〜3列目ぐらいで出ました。一見すごい出遅れのようでしたが、走ってみるとそうでもないような、不思議な スタートでした。風は「フルハイクでちょうどいいくらい」です。
 大半のレース艇は左へ、つまり岸方向へ行ったようでしたが、河内丸は「今日は東が要注意」 と考えていましたので右へ行き、コースの3分の2ぐらい行ったところで「ここらで岸寄りへ」とタックしました。 この時なんとあのキントンウン号が近くにいたのですが、あっという間にどこかへ(と言っても間違いなく風上へ) 行ってしまいました。
 レイライン近くまで行って、ポートで上マークにアプローチしましたが、イチカミでの順位にはガッカリでした。 「もうちょっと良さそうだったのになー。やっぱりスタボーの走りがじれったかったなー。しょうがない、 ここからがんばらなくちゃ。」と、マークを回りました。
 すると今度は、どういうわけかアフタープラーが全然引けません。フリーの走りがメチャメチャに なってしまい、N大、H政、KO、他多数に、自由自在に抜かれてしまいました。
 ゼイゼイいいながら(人間ではなくフネがそんな感じで)サイドマークにたどり着いたら、 サイド・シモはタイトなアビームなのに、Kobantoがわき目も振らずにランチャーを・・・。 悪い事は重なるものです。
 異常に大きいサギングのせいで風船のようになったジブをトリムしながら、さらに1〜2杯に抜かれて ヨタヨタと下マークに到着しました。マークのそばにはボートが止まっていてさかんにフォーンを鳴らし、 次のコースが変更になった事を知らせています。風がかなり東にシフトしたので、 上マークも東に移動されたのでしょう。

 

 この時点ではかなり下位で下マークを回航した河内丸でしたが、2カミの上りに入ったとたんに 息を吹き返し、10メートル近い北東のブローを受けてグイグイと走り始めました。
 回航直後はそのままポートで右へ行き、岸寄りの海面が良さそうだったので早めにタックして、 次に振れタックしたのですが、材木座の前あたりにブローラインを見つけ、「あれを拾いに行こう。」と またタックして、レイライン近くまで行きました。
 この間の走りはかなり力強く、ジブシートを持ってハイクアウトしながら、フネとセールのパワーを 充分に感じる事ができました。久しぶりの「走り感」です。上マーク付近で、回航してくる先行集団を 避けなければならなかったため、かなりベアしてしまいましたが、順位は随分上がっていました。 この後のランニングもフィニッシュの上りも気持ちよく走って、とても楽しいレースになりました。
 やっぱり、走らなくちゃァ始まらない♪ですね。

 次の第2レースのスタートラインに向かってランニングで走りながら、何はともあれ、動かなかった アフタープラーを調べてみました。Kobantoがゴソゴソとマストの下を探ってみると・・・。発見しました。 アフタープラーのブロックがマストにつながっていません。「つなげるためのシャックルがはずれていた」 のではなく、そもそも「シャックルで留めなかった」状態です。この間の金曜日にマストを倒して 整備した後で、アフタープラーのブロックを取り付けるのを忘れたのです。・・・・・・・・・。

 第2レース。風は落ち気味で、そろそろ東にシフトしそうなところですが、強いブローはどちらかというとまだ 北寄りから入って来ます。
 スタートは上寄りで3〜4列目。上下からはさまれて身動きできず、Kobantoのレーザーのスタートのように ヘタクソでした。上マークで後続艇は5杯ぐらい。でも、2カミで右へ行って少し挽回しました。
 そしてマーク回航後、即ジャイブしてベアして行くと、他艇はみんな上へ行っています。マークの位置からすると 「まさか」と思うくらい上なので、ウチがマークを間違えているのか、それともあっちが・・・?と、 ずっと心配していました。とは言っても心配していたのはKobantoだけで、大番頭さんは相変わらず 迷いがなく、(他人がどこへ行こうと)全然気にしていませんでした。
 このランニングでも少し抜いたようです。

   フィニシュの上りでは、まず江ノ島方面へ向かいました。でも、右海面はずっと気にしていて、 鎌倉の沖にブローラインと、わずかな白波を見た時に即タックして、かなり右に伸ばしました。 風は全体にかなり落ちていましたが、まだ「走り感」があり、ブローが弱まる前に岸寄りへ行って、 フィニッシュはスタボーから入りました。「サイテーのスタートの割にはよく挽回したなー」という順位でした。 でも何よりも「フネが走った」ことがうれしくて、河内丸は気分良く明日に期待したのです。

     さて2日目は・・・・星回りが悪かったのか、日が悪かったのか、それとも方角が・・・ というのは冗談で、とにかく走りが悪く、作戦も何もあったものではない一日でした。
 憶えているのは、1レース目のスタート前に本部船の船尾(クルーザーだとスターンと言われる部分ですね)で、 漁師さんがイカを干していた事と、そのイカが昼ごろには程よく生干しになっていた事ぐらい。
 相変わらず微風の走りができていないし、そのせいかスタートではどことなく気弱になってしまい、 2レース目のスタートなんかは、「ハリケーン・アイバン」でした。そのココロは、「史上最悪」・・・。 ほとんどビリのスタートでした。
 でも、ふだん練習でみっちり走り比べをする機会の少ない一匹スナイプの河内丸にとって、レースは貴重な 走り比べデータ収集の場でもあります。ミートしたのにその後にずっと先行されたフネの事、あまりにも楽々と カミ突破された時の河内丸の状態などを、これから分析していかなければなりません。

 今年の予選最終レースで、最悪の順位を取ってしまった後でするべき事は、お祓い・・・じゃなくて練習ですね。  
 

レース絵日記付録

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