レース絵日記番外編「シアーラインの研究」

2004年10月 江ノ島にて

 秋の深まりとともに、暴風が吹き荒れ、豪雨と高波が押し寄せ、山が崩れて地面が揺れている今日この頃ですが、 スナイパーの皆様、いかがお過ごしでしょうか。
全日本でがんばらなければならない人も、その必要がない人も、 元気なドライスーツ姿で練習に励んでいらっしゃる事と思います。

 私ども河内丸チームも来年に向けて、ダラケずに練習していますが、 「なにもこんな日に練習しなくても・・・」という気持ちになる日も、たまにはあります。
 10月某日の朝が、まさにそんな日でした。

 肌寒いばかりで無風、どんよりとした曇り空・・・。こんな日に海に出たら バカに見えそうなコンディションです。Kobantoは「バカに見えたくないけどサボるわけに もいかないし・・・」などと考えながらトボトボと江ノ島の橋を渡り、 小田急SCのバースに着きました。
 河内丸のそばには大番頭さんと、友達のRS VISIONさん(本名、Robert Simon Vision・・・というのはウソで、ニッポン人です。)がいて、 今日はシアーラインの研究をする事にしたと言っています。 Kobantoは二人の親方のお手伝いです。バカに見えずにすむかもしれません。

 ここで少しシアーラインの説明をします。
 お手持ちのSCIRA のルールブックを開いてみてください。(バサッ)
GENERAL RESTRICTIONS & MEASUREMENTSという章があります。(ペラペラペラ・・・ページをめくる音)
その中のMast-Boom-Rigging の部分、27.2にシアーラインという言葉が出てきます。
「2001年1月以降に作られたボートは全て、マストステップ・フィッティングの床から、 シアーラインまでの深さが、40センチ以下、39センチ以上でなければならない。」
 これを図にするとこんな風になります。


(マストステップ・フィッティングというのは、マストヒールの底が当たる部分です。)

 どうしてこの「深さ」がわざわざルールブックで決められているのでしょうか?
 大番頭さんに解説してもらいましょう。

 (計測の煩雑さを是正する為に新しいルールが作られた?)
いろんなメーカーのフネに対してセールの高さを公正にする為、以前はシアーライン を基準にブラックバンドの高さを決めていました。例えばシアーラインからマストト ップのブラックバンド下端までが6109mm以下というように決められていました。
このルールでは、シアーラインからマストステップフィッティングまでの寸法が定義 されていなかった為、このルールを実際に運用するには、それぞれのフネのシアーラ インからマストステップフィッティングまでの寸法を測定してブラックバンドの位置 が適正かどうかを判定するという、めんどうな方法しかありませんでした。

これを、シアーラインからマストステップフィッティングまでの寸法を定義して (2001年度以降のフネはこの寸法が390〜400mmでなければならない)計測はマストの 下端からブラックバンドを計るだけにしようというのが新しいルールの目的だと思い ます。

 このように、シアーラインはブラックバンドの高さがルールに合っているかどうかを 見るための、基準になっているのです。
 新しいルールでは、フネを作る段階で、シアーラインのマストステップフィッティング からの高さを統一してしまって、計測ではマストだけ持ち出して、ブラックバンドの位置を 測ればいいようにしたわけですが、いずれにしても、シアーラインが ブラックバンドに関するルールの基準になっている事に変わりはありません。
 それなら、そのシアーラインの高さとやらを一度きっちり出してみようか、というのが 二人の親方の計画でした。

 まず普段は目に見えないシアーラインを、デッキの上に描きだしてみます。

 突然ですが、きのこのクリームシチューが入ったカップをパイ皮で覆った料理、あれを思い出してみて ください。ヨットのデッキは、ちょうどあのパイ皮のような感じで、ハルの上にかぶさって いますので、ハルのふち(シチューが入ったカップのフチ)がどこにあるのかは、 デッキの上からは分かりません。この「ハルのふち=シアーライン」が 「ちょうどこの下です」という線をデッキの上に描き出します。

1)ボール紙からデッキの出っ張り部分の形を切り取って、型紙を作ります。

2)型紙をハルに当てて、デッキ上にシアーラインの点を出します。

3)その点を数センチ間隔で出していき、それらをつなげて線を描きます。

これで平面上のシアーラインは分かりましたが、問題はあくまでも高さです。 マストステップ・フィッティングはフネの内側の一番底にあるし、 デッキの表面はパイ皮のようにふくらんでいるし、どこにどう定規を当てて 測ればいいのか、そう簡単にはいきません。

そこで二人の親方が考え出した方法は、下の図のようなものでした。
 (黄色と赤の★印をクリックしてみてください。参考図が出ます。)

   1)マストの中心を通り、フネのタテ中心線に対して直角になるように、 デッキの上に定規または棒を置く。

 2)その棒は、膨らんだパイ皮の上にあって、パイ皮(デッキ)とマストが 交差する点が、パイの膨らみの頂点になる。その頂点を仮に「T点」とする。

 3)T点のマストステップ・フィッティングからの高さをA、
   T点のシアーラインからの高さをBとする。

 4)マストステップ・フィッティングからシアーラインまでの長さCは、
          A−B=C となる。

 5)「B」は、図のようにして測ったB’とB”の平均値とする。 RS親方が測ったのがB’で、大番頭さんが測ったのがB”です。

 6)そして突然どこからかクマが現れて、Aを測りました・・・。
  カモになったりクマになったり、大番頭さんご苦労様です。

  この作業の4)で出てくる「C」の値が、ルールブックの27.2で言われている 「シアーラインからマストステップ・フィッティングまでの深さ」です。  河内丸の場合は、Aが453ミリ、Bが118ミリでした。  ということは、A−B=Cなら、453−118=335ミリ、つまり33.5センチです。
 あれ?ルールブックでは、この値が39センチ以上40センチ以下でなければならないはず。 河内丸はルール違反なのでしょうか?
 もちろんルール違反ではありません。河内丸はこのルールが適用される2001年1月より ず〜〜っと以前(15年ほど以前)に作られたフネなのです。  大番頭さんの解説を読んでください。

ねらいはマストにシアーラインのマークを付ける事です。(古いフネでは建造する時点での シアーラインの位置が決められていないので、位置を発見してマークを付けるわけです:Kobanto注) このマークさえあればルール上のブラックバンドの位置は、そこからブラックバンドの高さを 計ればいいだけです。
この方法で算出した寸法は335mmでした。これがこのフネのシアーラインからマストス テップフィッティングまでの寸法となります。新しいマストにはマストメーカーが記 入したシアーラインの印があります。この印からマストの下端(つまりマストステップ・フィッティング) までの寸法が335mmであれば、このマストはこのフネに対してルール上正しく作られていることが わかります。ドキドキしながら計ると、ぴったり同じ。あ〜安心した! 念のため、シアーラインの印からブラックバンドまでの寸法をチェックして終了。

 めでたし、めでたし。
 二人の親方の「シアーラインの研究」は、こうして無事に終わりました。
 この時の研究はあくまでも一つの例ですが、シアーラインとは何か、どうしたら高さが測れるのかを 知る必要ができた時には、参考にしてください。寒いばかりで風のない日の、有意義な過ごし方に なるかもしれませんね。

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