| 福沢諭吉 信の世界に偽詐(ぎさ)多く、疑の世界に真理多し。試みに見よ、世間の愚民、人の言を信じ、人の書を信じ、小説を信じ、風聞を信じ、神仏を信じ、卜筮(ぼくぜい)を信じ、父母の大病に按摩(あんま)の説を信じて草根木皮を用い、娘の縁談に家相見(かそうみ)の指図を信じて良夫を失い、熱病に医師を招かずして念仏を申すは阿弥陀如来を信ずるが為なり、三七日(さんしちにち)の断食に落命するは不動明王を信ずるが故なり。この人民の仲間行わるる真理の多寡を問わば、これに答えて多しと言うべからず。真理少なければ偽詐多からざるを得ず。蓋(けだ)しこの人民は事物を信ずと雖(いえど)も、その信は偽を信ずる者なり。故に云(いわ)く、信の世界に偽詐多しと。 『学問のすゝめ』 第15編「事物を疑って取捨を断ずる事」 岩波文庫 P133 より抜粋 |