恐るべき映画『ミスティック・リバー』

2004年2月7日

現在公開中の映画、クリント・イーストウッド監督作品『ミスティック・リバー』(原題:MYSTIC RIVER)
(製作年:2003年 製作国:アメリカ 配給:ワーナー・ブラザース 2004/01/10日本公開)を観た。

その衝撃と余韻がいまだ脳裏によぎっている。
近年のアメリカ映画、ハリウッド映画には、ほとほとウンザリしており
もう観る価値のある映画などないのでは・・・とぼやいていたのだが、
そんな不安も見事に吹き飛ばしてくれるすばらしい映画であった。

(ちなみに映画配給会社の「もうひとつの「スタンド・バイ・ミー」を見るためにあなたは大人になった。」…
という宣伝文句はポイントずれまくりで、全くの見当違いも甚だしいです。。。)

もともと、わたし自身はクリント・イーストウッド(Clint Eastwood )が監督した映画の多くを高く評価しており、好きなのだが、既に伝え聞いていたこの『ミスティック・リバー』は一般の評価も高くアカデミー賞の各賞
にもノミネートされている。そのせいか、前評判が高い分?むしろ出来を危ぶんでいたのだが(笑)、
いや〜観たら、期待以上の作品であった。

現在公開中の映画であり、あまり内容を伝えてしまうとこれから観る人にとっては面白みが半減してしまう。だから出来れば、映画を観てからこの先を読んでいただきたいと思います。
(注:どうしてもミステリーのネタばらしになってしまうので、その点悪しからず。)

オフィシャルサイトの映画紹介
オフィシャルサイトのあらすじ

ストーリーは幼なじみの11歳の少年3人ジミー(ショーン・ペン)、ショーン(ケビン・ベーコン)、デイブ
(ティム・ロビンス)がボール遊びに興じているところから始まる。やがて、警官らしき人物にデイブが
車で連れ去られてしまう。数日後、デイブは暴行を受け無残な姿で発見される。
それから25年後、殺人事件が発生。被害者はジミーの娘だった。捜査を担当するのは、
刑事となっているショーン。やがて捜査線上にデイブが浮かんでくる・・・
この殺人事件により期せずして再会した3人。それぞれが25年前の忌まわしい過去を想起しつつ、
3者3様のこれまで背負い込んできた人生の物語を、映画は濃密な演出で描いてゆく。
事件はそんな3人の過去を弄(もてあそ)ぶように、やがて非情な展開へと導いていく。。。


随所に「正義とは?」の疑問を観客に投げかけてくる。だが、けっして安易な答えを用意してくれない。

ミステリー作品であるから、犯罪サスペンス特有の謎解きやスリルをもちろん味わうことが出来る。
が、むしろ登場人物ひとりひとりの内面の葛藤に演出の主眼が置かれている。
彼らの心に渦巻く家族への愛と憎、日常生活への苛立ち、けっして癒されえぬ過去。
上記3人だけでなく、ジミーやショーンらの妻役の女性たちの心象にも、それぞれの葛藤や苦悩もまた
見事なまでに映し出してくれる。
クリント・イーストウッドの冷徹な視線は、生身の人間の在り様を偽りなく晒(さら)けだす。

従来なら、刑事役のショーンはイーストウッド自身が演じているはずの役柄だが、今回は
ケビン・ベーコンにまかせ自身は監督業に徹している。

この映画は安易な悲劇に納まるものでなく、また泣いてすっきり感動できるものでもない。
けっして答えは提示されない。物語は次々と起きる事実のみを淡々と描写してゆく。
真相はあくまで彼らの心の内にあり、それぞれの見方によって肯定的にも否定的にも解釈可能なもの
となっている。そしてみている観客にたいして「あなたならどうする?」「君ならどう考える」
「彼(彼女)の行為は悪(偽)なのか?善(正)なのか?」そんな問いをつぎつぎと投げかけてくる。
とても重たく、沈鬱な気分になる。。。

イーストウッドは監督を始めた当初から犯罪サスペンスが得意であった。彼の記念すべき初監督作品の
『恐怖のメロディー』(原題:Play Misty For Me 1971年作品)は、今にしてみればサイコサスペンスの
はしりのような作品であり、わたしの好きな映画のひとつである。
 (学生時代に1987年公開の『危険な情事』監督:エイドリアン・ライン、主演:マイケル・ダグラス他
  配給:パラマウント=UIPを劇場で観た時、これは『恐怖のメロディー』のパクリだと思った。
  内容はお粗末だけど大ヒット。  一方『恐怖のメロディー』は公開当時ヒットせず評価もされなかった
  ようだ。早すぎた名作といえる。 また、後にチャーリー・パーカーの伝記映画『バード』(1986年)を
  製作するほどのジャズファンであるイーストウッドは、この初監督作品においても、エロール・ガーナー
  の曲、「ミスティ」が効果的に使用されている。おすすめ作品です。)

イーストウッド監督の凄さは、優れた犯罪サスペンス・エンターテインメントでありながら、「政治映画」でも
ある点にある。すべてのハリウッド映画は政治的であり、優れたエンターテインメントであればこそ高度に
政治的なのである。

この見解は、副島 隆彦 著の
『アメリカの秘密―ハリウッド政治映画を読む』 メディアワークス(角川書店) 1998年刊
『ハリウッドで政治思想を読む 』メディアワークス(角川書店) 2000年刊
の2冊によっている。

クリント・イーストウッドの政治的立場は、民主党支持者が圧倒的に多いアメリカ映画人にあって、
一貫して共和党支持者である。共和党内部にも様々な政治諸流派があるが共和党=タカ派で好戦的、
という図式は必ずしも正しくない。イーストウッド自身は、「アメリカは、世界に介入・管理してはならない」と
考えるリバータリアン(Libertarian)に近い、伝統的保守派であり、反グローバリストである。

これまでのイーストウッドの作品では、主人公のハリー・キャラハン刑事が法に保護された凶悪犯を、
自らの信念に従い処罰していく『ダーティ・ハリー』シリーズ、銃を捨ててひそかに暮らしていた悪名高き
老ガンマンが、再び銃を取る姿を描く西部劇『許されざる者』(UNFORGIVEN1992年)、脱獄犯と人質少年
との交流、そしてその男を追う警察署長の苦悩を描いた、ロードムービー『パーフェクト・ワールド』(A Perfect World1993年)、時のクリントン大統領を痛烈に皮肉った、犯罪サスペンス『目撃』(Absolute Power1997年)、「死刑制度と冤罪」というテーマを、従来の左翼リベラルとは違った視点で告発した
『トゥルー・クライム』(True Crime1999年)、・・・など数多く、イーストウッドは一貫して「真の正義とは?」を追及し、正義の味方ぶる偽善者を厳しく告発し描いてきた。

イーストウッド作品はどんなに荒っぽくみえても(あの『ダーティ・ハリー』でさえ)、
必ず法と秩序の回復を訴えかけているものである。「法」とは何か?
「正義」とは何か?を常に問いかけながら・・・

しかし、今回の『ミスティック・リバー』は法と秩序の回復を訴えているのかさえ、
にわかに判じえない。最後の最後まで困惑と苦悩に覆われている。
それでも人は生き続けなければならない。
そんな突き放した視点で、「で、あなたはどう行動する?」と、ただひたすらに迫って来る。。

復讐のためには法などに頼らず、自らの手で決着をつけようとし
(これこそ典型的リバータリアンLibertarianの立場、「自分のことは自分でする」
「政府なんて不要!」という自力救済の思想)、だが結果として間違いを
犯してしまうジミー(ショーン・ペン)。
これは911テロに対する報復の感情の赴くまま、イラク戦争を行ったアメリカと相似形をなしている。
しかし、そのイラク侵攻も間違いで、実は大きな勘違いだったのではないか?と・・・

物語の最後の方で、ジミー(ショーン・ペン)の背中の十字架の刺青が映し出される。
これもわたしには、あたかもアメリカはもはや償うことのできない、重い十字架を背負ってしまった
のだとする思考との二重写しに感じられる。
( 映画でジミーの娘が殺されるのは、妹の初聖体の日であった。
 荒くれ者でヤクザ風のジミーは一方で信仰も疎かではない。 )
 (注:ローマン・カトリックである。ということは、ジミー一家はイタリア(スペイン)系かアイルランド系で
    あろう。従姉妹(いとこ)同士である、ジミーとデイブの妻はラテン系という設定からも推測される。)

これも、ブッシュ大統領を想起させる。彼は信仰により、「アル中」から立ち直ることの出来た
と回想しており、今は毎朝欠かさず祈りを捧げているようだ。
(ブッシュ大統領はメソディスト派のプロテスタントである。)
その一方で、サダム・フセインを「悪」と断罪し、アメリカは『善』という図式で、軍事行動を正当化する。
わたしは、ことあるごとに神を口にし、世界におけるアメリカの使命(Mission)を熱弁する様に慄然とします。

やはりこの映画は、現在のブッシュ政権、イラク攻撃に対する批判となっているかのようだ。
ジミーの犯した罪とラストのパレードのシーンは、どうしてもアフガンとイラクを攻撃したアメリカの姿と重
なってくる。それは、あたかも戦勝パレードのようで、背後に覆い隠された沈鬱な現実とが交錯する。

ならば『ミスティック・リバー』は、リバータリアン的伝統保守派のイーストウッド、左翼リベラルのティム・
ロビンスらが「イラク攻撃反対」で一致して作り上げた前代未聞?ともいえる作品なのだろうか?

復讐しようとする意思と行動は正しいかもしれないが、それは冷静に考えなければならない。
法による裁きを行う余地が残っているのなら、あえて法を破るべきではないのだ。
と、イーストウッドは正義なきイラク攻撃を批判しているのだろうか?

では、法を破ったジミーは完全な悪か?デイブはどうなのか?

一方でイーストウッドはNYの911テロの直後に、テロリストたちを絶対に許さない!追いつめてやる!
と公言したとも伝え聞く。これは、当時のアメリカ人からすればこれは極めて真っ当な発言である。

映画では「あなたは正しいことをした」「愛するが故に行ったこと」だと妻が全面的に赦(ゆる)すシーンが
ある。(わたしにはこれが一番恐ろしげに感じた。。。)
「あなたはこの街のキングだから、間違いではない」と言い放つ妻が光り輝く存在としてあり、
対照的に自分の夫を信じ切れなかった?悲しげな妻が惨めに見えるラストのシーンは、
あまりにも残酷で戦慄を覚える。
どちらかが正しく、どちらかが間違いなのだろうか?
否、そんな善悪を決めようとしているのではないだろう。

それとも、アメリカは「世界のキング」だから何をしても間違いではない、とでも言いたかったのであろうか?
否、断じてそうではない。

最後に、ショーン(ケビン・ベーコン)が指で拳銃を模して、撃つ真似(フリ)をするが、
これをどう解釈すればよいのか?

しばし沈思。。。
これはイラク侵攻を描いた戦争映画ではない。ましてや反戦映画でもない。
あくまで、ある殺人事件をめぐるミステリー映画である。

そのリアリティー故に、イデオロギーや政治的な願望による安易な読み解きや
深読みを拒否しているかのようだ。
そう現実は、そんな単純ではない。言葉やイデオロギーに惑わされてはいけない。
 
では、自分がこの物語の事件の全容を知り、かつ犯人を逮捕できる立場にあったら? 
つまり自分がショーン(ケビン・ベーコン)であったならば、どうするであろうか。
犯人を告発し逮捕するだろうか? 

問いの答えは各人それぞれであろう。
その人の、倫理観が問われるところだ。

「あなたならどう考える?」
「君ならどう行動する?」

わたし自身は、この執拗とも思える不断の問いかけそのものが重要なのだと思う。
誰もが日常において困難な状況に直面し、それでも決断して行かなければならない。
時に間違いを犯す事もあるだろう。それを引き受けて生きてゆかねばならない。

 この映画は、「反戦」とか「正義」という言葉やイデオロギーを超えたところで、
日常にあって直面する「現実」そのものを提示している。

クリント・イーストウッド恐るべし。

(了)


補稿:

イーストウッドは、メリル・ストリープと共演した『マディソン郡の橋』(The Bridges of Madison Country1995年)、ケヴィン・コスナーと共演した『パーフェクト・ワールド』(A Perfect World1993年)など、いずれの
作品もヒットとなり、今でこそ、アメリカを代表する映画作家との評価を得ているが、
従来、彼はアメリカ映画界では、あまり評価されて来なかった。
(肉体派スター、マッチョな俳優という、むしろ汚名に近い扱いであった)
日本やフランスにおいては、早くから一部の批評家に絶賛されていたのとは対照的である。
アメリカで評価され始めたのは、いずれも90年代以降である。
(それは先に述べた、ハリウッド映画界のみならず、マスコミ関係者の多くは民主党支持の中、彼の共和党支持という 政治的な立場が微妙に関係しているであろう事が想像される。)

1992年には彼の映画の師であるレオーネとシーゲルに捧げた“最後の西部劇”『許されざる者』
(Unforgiven1992年)でアカデミー作品賞、監督賞を受賞、ゴールデングローブ監督賞にも輝いた。
カンヌ映画祭でも男優賞、監督賞を受賞。

その他、チャーリー・パーカーの伝記映画『バード』(Bird1988年)でゴールデングローブ監督賞、
カンヌ映画祭フランス映画高等技術委員会賞を受賞。

また、2000年の第57回ヴェネチア映画祭において45年間に渡る映画界での功績を称え、名誉金獅子賞
が授与。

なお、現実の政治家としてイーストウッドは、過去にカリフォルニア州・カーメルの市長を86年から2年間務めている。



現在、『ミスティック・リバー』は、本年度の第76回アカデミー賞の各部門にノミネートされている。

作品賞:MYSTIC RIVER(ミスティック・リバー)
監督賞:Clint Eastwood(クリント・イーストウッド)
主演男優賞:Sean Penn(ショーン・ペン)
監督賞:クリント・イーストウッド
助演男優賞:Tim Robbins(ティム・ロビンス)
助演女優賞:Marcia Gay Harden(マルシア・ゲイ・ハーデン)
脚色賞にもノミネートされている。

(助演男優賞は『ラスト・サムライ』の渡辺 謙と事実上一騎打ちであるとも噂されている。)
(関係無いが、日本映画として、外国語映画賞:『たそがれ清兵衛』もノミネートされています。)


アカデミー賞の発表は2月29日(日本時間3月1日)です。
アカデミー賞は、単なるショウビジネスとしての側面のみならず、
きわめて政治色が強く、マスメディアの意向や世論の情勢などが反映されます。

ズバリ!わたしの予想では、作品賞か監督賞を取ると思います。



参照ニュース記事:

ショーン・ペン、米の対イラク政策にモノ申す
http://www.eiga.com/buzz/021217/14.shtml
(転載開始)
 ショーン・ペンが、国連による大量破壊兵器査察の真最中にある、
イラクの首都バグダッドを訪れた。今回のイラク訪問についてペンは、
「父親、俳優、監督、そして愛国者として、良心に関する問題に対して自らの声を
探るという義務の、自然な延長線上にある行為」と声明を発表。
ロイターテレビのインタビューでは、「イラク攻撃は100%回避できる」とし、
「アメリカ、イラク政府双方の甚大な努力が必要なのは明白。
攻撃以外の選択肢を探る努力を支援するためなら、できる限りのことをする」と語った。

 ペンは今年10月、ワシントン・ポスト紙にブッシュ大統領のイラク政策を批判する
意見広告を掲出。広告の中でペンは「イラクを攻撃することにより、
米国人兵士や罪のない市民たちを犠牲にすることは問題の根本的解決にはつながらない」
と主張。報復の連鎖をやめるよう訴えている。
(転載終了)
http://www.eiga.com/buzz/021217/14.shtml


怒りと勇気で流れ変えよう
米俳優・監督 ティム・ロビンス氏が訴え
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-04-17/06_03.html
ティム・ロビンスの反戦姿勢で映画イベントが中止
http://www.eiga.com/buzz/030415/13.shtml
ティム・ロビンス、反戦活動のためにPR会社と契約
http://www.eiga.com/buzz/030506/08.shtml

登録している、村上龍のメールマガジンにおいて、冷泉彰彦という作家(米国ニュージャージー州在住)が、
『from 911/USAレポート』 第87回目「アメリカを引き裂いたもの」(2003年4月12日配信)
でティム・ロビンスの反戦姿勢が物議をよんだ件が紹介されていた。
以下紹介↓
(一部引用)
アメリカにおいてもアカデミー賞の授賞式で、「ピースマーク」で反戦を示した
スーザン・サランドン(死刑制度の告発そのものである『デッドマン・ウォー
キング』の演技でアカデミー賞を受賞した、その監督でもある夫のティム・ロ
ビンスとの「おしどりリベラル」ぶりは、映画好きなら誰でも知っている。)
は正々堂々とではなく、さりげない「ピースマーク」で反戦を示す、その洗練された
やり口が保守の心情を逆なでしたらしい。
その余波で、サランドンは、自分が深く関与しているチャリティー団体のフロリダで
の大会への参加を拒否され、更には夫と共演して結婚のきっかけになった野球映画
"Bull Durham"(邦題は『さよならゲーム』)の15周年式典を、「時局に配慮して」
野球殿堂から拒否されるという抵抗にあった。
(引用終了)
http://ryumurakami.jmm.co.jp/


参考文献:

『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち 』副島 隆彦 (著) 講談社プラスα文庫/1999年刊

『ブッシュの「神」と「神の国」アメリカ』栗林輝夫(著)日本キリスト教団出版局/2003年刊

『聖書がわかればアメリカが読める』鹿島春平太(著 )PHP/2001年刊



2004年2月7日脱稿



2004年3月1日追記;
  第76回アカデミー賞において、『ミスティック・リバー』は
  ・主演男優賞、Sean Penn(ショーン・ペン)
  ・助演男優賞、Tim Robbins(ティム・ロビンス)
 
  という結果になりました。

 
  予想は大ハズレ!!!御無礼!