経(たて)もなく緯(ぬき)も 定めず 娘子(おとめ)らが

               織れる黄葉に 霜な 降りそね


10月3日は,この人を毎年思い出します。
私は,大津皇子がつくられた歌の中ではこの歌が一番好きです。

この人の周りの女性 姉の大伯皇女 妻の山辺皇女 恋人の石川郎女・・(ほかにもいたんだるうね〜〜)
といい 色あざやかです。
大伯皇女は早くに亡くなった母親の太田皇女に面影を残されたしっとりとした女性だったんだろうな〜〜と思います。
山辺皇女は,大津皇子の死に殉じた最期が鮮烈ですね。
当時高校生だった私には夫のあとを追うという行動にビックリしたと同時に,それだけ,大津皇子を慕っていたんだな〜と痛感いたしました。
(今は,最初に夫に殉じた事で夫を自分のものにできた女性の悲しさもあるんだな〜〜と思いますが・・)

高校の古典の授業で,この人たちの話を先生が細かく教えてもらってから,とても印象深い人達になりました。
今思うと,この先生から こういう歴史上の人物と歌をかみあわせて色々教わったからこそ,今でも古典が好きなんだろうな〜〜と感謝しています。
(教科書の勉強もきっかけとして,大事だよね〜〜)

10月3日にあわせて,桜井史談会の「大津皇子を偲ぶ会」というものに嘗て参加した事もあるぐらい
学生の時は,この人が好きでしたね〜〜>。
(でも,今は山辺皇女のほうが好きかな・・・。)
「百づたふ・・・」の歌碑のある磐余の池を捜しにいったり・・・その時,私の周りはこの人のファンいなかったので,一人でこつこつ桜井,飛鳥方面に散策に行っていました。
当時は生方たつゑさんの「大津皇子」ぐらいしか本がなかったような〜〜。
今は,結構関連本も多いんでしょうね・・・。
この方が出ている漫画も結構あるし・・・。

10月3日までに仕上げようと慌てて・・・はっきり言って,前面の人は色塗りも顔も失敗しました〜〜。
この方のファンは多いのに・・・描くのには度胸がいるのに・・・恐れ多い事です。
娘子らが・・・なので石川郎女も入れたかったのですが,4人も描けませんでした。

                           2004.10.2

大津皇子 大伯皇女 山辺皇女