クルトは、左後ろ脚に【先天性膝蓋骨脱臼(せんてんせいしつがいこつだっきゅう)】という病気を持っていました。生後6ヶ月の頃から手術と療養生活をくりかえし、仔犬時代の多くを治療に費やさなければなりませんでした。今は元気に走りまわっているクルトですが、9ヶ月あまりに及んだ治療の経過を改めて振りかえり、闘病記としてまとめてみました。


症状の発見と診察 4度の手術と療養生活 みなさん、ありがとうございました

症状の発見と診察

 仔犬がトコトコと歩く様は本当にかわいいものです。クルトに初めて会った2001年8月9日、私達の前でよたよた歩く月齢2ヶ月、体重1.9kgのクルトがいました。「うちのコ」になることが決まり、我が家で暮らし始めた3ヶ月の彼は、私達夫婦の笑顔の中で元気いっぱい走っていました。
 外へ散歩にでるようになり、しつけ教室に通い始めた4ヶ月の頃「後ろ脚が左右とも不安定だな〜」と思うようになりました。そういえば、以前から「ん?」と感じたことも何度かあったのですが、お医者様には「成長期だからもう少し様子をみましょう。」といわれ、私自身も「仔犬の関節のゆるみはよくみられるらしいから」と思い込んでいたこともあって、しばらくそのまま時間が過ぎていきました。

2001年8月11日のクルトです

 しかし脚が安定してくる様子はなく、日に日に不安が増していたとき、しつけ教室の先生の「ちょっと後ろ脚が気になりますよね。」との言葉に改めて「これはちゃんと診てもらわなければ…」と考えました。
 まず、クルトを迎えたペットショップに相談したところ、ちょうどショップに獣医さんが定期診察にいらしているということで、その場で診ていただくことができました。その結果は「すぐに設備の整った病院で詳しく検査をしたほうが良い。」というものでした。

 ショップから「外科関係で一番信頼のできるお医者様はこの先生ですから。」と東京都墨田区のT先生を紹介していただき、診察を受けに行くことになりました。
 10月下旬ショップのスタッフにも付き添ってもらい、車に積んだクレートにクルトを入れて病院に向かいました。クルトは何もわからず、「どこに行くの?お教室?違うのかなー。」みたいな表情をしていました。病院では、先生が触診したとたん、「なんでここまではずれてるんだ?」という言葉…。

 「とにかくレントゲンを撮りますから。」そしてフィルムを私達に見せながら説明して下さいました。「膝蓋骨脱臼です。右の脚は問題ありませんが、左脚は膝の骨にあるはずのくぼみが全くありません。そのせいで、膝のお皿が常時脱臼している状態にあります。普通は脚の内側に外れることが多いのですが、この仔の場合は外側に外れています。おそらく先天性でしょう。この様子だと腱もどうにかなっているかもしれません。今は体重が軽い(このとき6s弱)のでまだ歩けますが、成犬になると歩けなくなる可能性が多分にあります。内科的な治療方法はなく、骨のくぼみを形成する手術が一番良いと思います。」

 ある程度覚悟していたとはいえ、目の前が真っ暗に…。でもレントゲンフィルムを見ると素人の私たちにもはっきりわかるぐらい膝の骨が真っ平……。疑いようもありません。次に考えたことは、「でも手術しか方法はないのだろうか?この病院に通えるのか?(墨田区は私達の住んでいる神奈川県S市から首都高速を使っても2時間近くかかります。遠いのは構わないけれど、何かあったときにすぐに行けないデメリットもあります。)費用はいくらかかるんだろう?(下世話だけど大事な問題)」
 そしてなによりこの小さな体にメスを入れなければならないのが不憫でした。「今すぐ手術しなければいけないという緊急な状態ではないので手術するかどうかはよく考えて。ただし、手術を行うなら早いほうがよいですよ。」と先生にいわれ、1週間返事を待ってもらってその日は帰宅しました。

何も知らずに爆睡する9月16日のクルト

 そして夫婦2人で考えたことは、「他の先生の見解も聞いてみたい。」でした。そこでしつけ教室の先生に獣医師を紹介していただき、セカンドオピニオンとして意見を伺いたい旨を伝えて、診察していただきました。
 そこで先生がおっしゃったのは、「私では手に負えません。大学病院を紹介する症例です。」との言葉でした。

 ある意味、他の先生の意見を聞けたことで納得してT先生にお願いしようという気持ちになりましたし、心配だった費用も、先天性の病気で保証期間内なので全額ショップが負担してくれることになりました。(生き物に保証という考え方に疑問がないわけではないのですが、結果的にこの制度に助けてもらいました。)

 
この頃いろいろな人に費用のことを尋ねましたが、どなたも「相当高額になるよぉ」と言っていましたので、遠くても高速費がかかっても、こちらの病院に通いましょう!と決心しました。
 手術をお願いする返事のため再びT先生のもとを訪れたとき、先生は「病院ではこの症例の手術を年間70程度しているから。手術が成功すれば日常生活には問題なし。手術も見学していってください。入院期間は1週間ですね。」とおっしゃいました。

 そして手術日が11月24日に決まり、市ヶ谷の鶴岡八幡宮にお守りを授かりに出向き、11月19日にショップでシャンプーをしてもらって手術の無事を祈りながらその日まで過ごしました。

  

4度の手術と療養生活

 2001年11月24日、いよいよクルトの手術の日がきました。前日の夜12時から絶食の上、水も飲ませてはいけなかったので、クルトはかなり不満げです。病院に向かう車の中では不安と緊張から私達も言葉が少なくなっていました。「クルトは頑張れるよ。先生を信じて私達も頑張ろ。」手術が決まってから毎日のように話した言葉がここでも繰り返されました。
 午前10時病院にクルトを預け、午後1時からの手術までファミリーレストランでまんじりとせずに時間を過ごしました。1時少し前に病院に戻りましたが、診察が延びているので手術が少し遅れるとのお話がありました。ここまできたら精神的にあせっても仕方ありません。待合室で待つこと約1時間。看護婦さんに「それじゃ今から始まりますのでこれをつけて下さい。」と帽子とマスクを手渡され手術室に向かいました。

 「ここから先には入らないで下さいね。」と低い扉の前に立つと数メートル先の手術台にクルトが…。麻酔をされて手術台に横たわるクルトは左の腰、おなかから脚まで毛刈りをしていてツルツルです。私たちが見守る中すぐに手術が始まりました。
 手術の見学は少し恐怖感もありましたが、クルトの親としてちゃんと見たい気持ちのほうが強かったので夫婦で頑張りました。(ただ、凝視はできなくて、ちょっとうつむいちゃったりもしましたが。あと骨の手術だったせいか手術器具がドリルだったり、のこぎりだったり…。不謹慎にも「DIYみたい」とも思ってしまいました。)

 約1時間後無事に手術は終わり、(手術中にわかったことですが、やはり腱が切れていました。「これは脱臼状態にあることから起きた症状で、後天的なものですが、切れてから時間がたっており、無理につなげると足が引きつれた状態になるのでそのままにしておきます。日常生活には問題ないでしょう」とのことでした。)直後「もう麻酔はさめてますから話しかけてもいいですよ。」との言葉。

抜糸も終わり疲れて休む 12月11日

 手術台のクルトに駆け寄り「よく頑張ったね、えらかったね。」と声をかけると、ぼけ〜〜っとした顔のクルトは「へ?よくわかんない………。」という表情です。もっともっと頭をなでて一緒にいたかったのですが、ながながともいかず、病院を後にし、その日は念のため近くのホテルに宿泊しました。
 次の日、面会に行くと待合室につれてこられたクルトはやはり傷が痛むのでしょう、相当疲れたようにしています。

 傷も見ましたが、まだ術後1日目のためか、かなり腫れていました。これから1週間の入院生活です。「おとうさんとおかあさんは帰るけど、毎日面会に来るからね。いいコにしてるんだよ。」手術が無事終わった喜びと、これから始まる療養生活を思いながら家路に着きました。
 帰宅するとクルトのいないケージにトイレコーナー。我が家の家族になって3ヶ月しかたっていないのに、クルトは私達のとってかけがえのない存在になっていました。それからほぼ毎日電車に乗って(平日は道路がかなり混むので、電車のほうが早いのです。)差し入れのボイルささみと共に面会に行きました。(面会中のクルトは私よりもささみが目当てのようでしたが…。)

 傷も日に日に腫れが引き、跡もびっくりするぐらいまっすぐに治っていきました。私は中学生の頃、足首に怪我をしたとき縫合手術を受けましたが、その跡よりきれいな縫合でした。そして12月1日無事退院。
 先生に「1週間後に抜糸をします。そのあと2週間は絶対安静。とにかく足を使わないように。歩いたりしないよう十分に気をつけて下さい。こちらが良いというまで歩かせないことって言ったって犬はもう治ったって思ってるから歩きたがるでしょうけど、頑張って安静にしてて下さいよ。あと抜糸まではキズを舐めたりしないように注意して下さい。」
 クルトをつれて家に帰ってから、私は先生が繰り返した「歩かせない」の大変さを身をもって知ることになるのでした。

歩けないけどボールでは遊びたい 12月12日

 −歩かないこと− わんこにとってこれほど無理な注文はあるでしょうか。傷が深いとはいえまだ仔犬で遊びたい盛りのクルト。お家に帰って安心したのか退院後の1日目はおとなしかったのが、次の日からどんどん元気になっていく。 それは非常に嬉しいけど、歩かせないのはもうこの方法しかない!

 −いつも抱っこしていること− 退院2日目から歩かせてもいいですよの許可がでるまでの約3週間。クルトが食事のときとトイレに行くとき以外は、ひたすら抱っこしてソファに座ったのでした。
 私がトイレに立つときは一緒に入りました。どうしても抱っこできないときはケージにいれましたが、ケージ内で歩こうとしますので長い時間はいれられませんでした。主人がいるときや、近くに住む実家の母がきてくれたときは、交代で抱っこしました。

 キズを舐めるのを防ぐためにエリザベスカラーをつけましたが、嫌がって嫌がってパニック状態に…。抱っこされていても手足を動かしてはずそうとします。これでは脚のためにかえってよくないとエリザベスカラーは、はずすことにしました。
 抱いているときは舐められないので大丈夫ですが、問題は夜寝るとき。仕方がないので、クルトをリビングのソファに寝かせ、私達夫婦はその横で寝ることにしました。こうすれば、クルトが動いたり傷を舐めていても比較的早く気づくことができます。寝不足になることは覚悟で3週間、夫婦団結して過ごすことにしました。

 そうして無事1週間後に抜糸も済み、週末ごと通院して12月の下旬。「順調に治っていますよ。歩かないようによく頑張りましたね。ついついこれぐらいと思って歩かせてしまう人が多いのですが、そうなると回復が遅いんですよ。本当に頑張りましたね。」

 この診察前1週間ぐらいはとにかく歩きたくて、抱っこしている腕からいつも逃げ出そうとしていたクルト。私の膝の上で「つまんないよぉ。」という表情をしていたクルト。私の腕から脱出に成功したときは、脚を引きずりながら「捕まるもんか!」と駆け出そうとしていたクルト。(しつけ教室には行っていたものの、[マテ]のコマンドはまだしっかりはいっていなかったので逮捕に苦労しました。)

 でも先生のこの言葉を聞いたとき、「頑張って良かったぁ。」と思いました。「これから徐々に歩いてもいいですよ。そして2週間ほどあとに様子をみて、いま関節を固定しているピンを抜く手術をします。これは2本のピンが触れ合っていることによっておきる微量な電流が腫瘍の原因になることを避けるためのものです。この手術は今回ほど大きい手術ではないから、もし去勢を考えているなら一緒にできます。麻酔ほど体に負担になることはないので去勢のためだけに麻酔をして手術するのも考えものだと思います。よく考えてお返事して下さい。」といわれました。

 また目の前に難題が…。去勢っていわれても…。もともとブリードにはあまり関心がなかったけど…。今まで足の事しか考えてなかったし…。またまた夫婦で考え込んでしまいました。その結果、やはり先天的な負の遺伝子は残すべきではないと考え、もともと片方が停留睾丸(睾丸がおもてにでていない症状。繁殖が難しくなるそうです。)でやっとおりてきている状態だったこともあり、そうなればクルトの男の子としての本能は彼に負担をかけるだけになるので、去勢の手術も併せて受けることにしました。手術日は1月12日に決まりました。

 明けて2002年のお正月。足をひょこひょこさせながら少しずつお散歩も再開したところ、急に足を地面につけなくなりました。1月4日病院に行って診察していただいたら、「固定していたピンが緩んできているようです。12日まで待つ必要もないでしょう。今朝から何も食べてないのであれば今から手術しましょう。去勢の手術も同時にします。」
 ドライブ前に何も食べさせていなかったのが幸いなことに、即手術ということになりました。でもなんていう急展開。心構えが全然なかったけど仕方ありません。このままにしておくと、緩んだままのピンにどんどん筋肉が巻いてしまって、かえって手術が大変になるということで、すぐ覚悟を決めました。

 今回は入院の必要もないとのこと。ですので手術には立ち会わず、手術後クルトを病院にお迎えに行ってそのまま帰宅しました。またまた抜糸まで1週間の安静です。しかし、以前に比べると傷も小さくて、少し余裕を持って過ごすことができました。そして抜糸が終わりその後2週間の安静生活の後、徐々に歩き始めてもよいとの診断をいただいたのです。

これで終わればよかったんだけど…2002年1月28日

 2月の初めにはお休みしていたしつけ教室にも復帰。お教室の卒業試験も何とかパスして、病気も全快、パワーも全開!、牧羊犬街道まっしぐら〜〜!!と思い始めた矢先の3月1日、またもや散歩中に足を地面につけなくなってしまったのです。
 ちょうど土曜日で主人と私とクルトとのお散歩の途中。とにかく病院に行くしかありません。

 道路が渋滞していたので3時間近くかかって病院にたどり着きました。診察結果は…。「何らかの理由で、今度はお皿の骨が内側にはずれている。ちょっと大変でしょうけど、再手術しましょう。」
 え?また手術…?でもこのままにしても良くなるわけはない。もう先生にお任せするしかありません。「では、よろしくお願いします。」とその場ですぐクルトを入院させました。

 翌日午後に手術開始。このときも見学させてもらい、術後の先生のお話は、「前回の手術のときは成長期でまだまだ骨が柔らかく、削った骨と成長による骨のかみ合わせがうまくいけばよかったのですが、ちょっとしたことで、今度は内側にずれたようですね。今回の手術のピンが抜けるときは1歳になる頃ですから、骨もしっかりしてきて大丈夫ですよ。」というものでした。
 手術直後のクルトは麻酔のせいで、ぼーっと目が三角になって情けない顔をしていましたが、呼びかけてなでてあげると、こちらがわかったみたいで、「おとうさん、おかあさん、ボクどうしちゃったの?」というように耳を弱々しく動かしていました。左足は3度目の毛刈りでハゲハゲになっていて、どうせもう一度ピンを抜く手術をするんだから、このまま生えてこなくてもいいのになんて思いました。(まだ若い頃でしたので、すぐ毛が生えてくるのです。)

 またまた1週間入院、退院後3週間の安静。その1,2ヵ月後にピンを取る手術。要するに11月の手術後の生活をもう一度送るということです。もうこうなればやけです。絶対良くなると信じて、クルトのために負けるもんかと主人と話し、退院して再び療養生活に入りました。
 慣れとはおそろしいもので、気候が暖かくなる季節にも助けられて以前ほどつらいとは思いませんでした。それより早く良くなってクルトと一緒に遊びたいという気持ちが大半でした。ただ前回の手術時より大きくなって、体重が約8kgありましたので抱っこすることが少し大変でした。
 やはり成犬に近づいたことが良かったのか前回以上のトラブルに見舞われることもなく順調に回復していきました。

病院の帰りに葛西臨海公園でお散歩 4月27日

 お散歩の許可もでて少しずつ歩き始め、1歳の誕生日を迎える頃には、ずいぶんと歩けるようになっていました。そして成長期も終わり、骨も安定したということで、6月中旬にピンを抜く手術が行われました。

 このときは手術に立ち会わなかったのですが、手術前に先生からは「触診してピンがわかる位置にあり、なおかつこのコがおとなしくできるようであれば局部麻酔で手術をします。クルトがおとなしくできなかったり、筋肉がピンのまわりについていて、開けてみないとわからない状態であれば全身麻酔で手術することになります。その時は傷が最初のときぐらい大きくなってしまいますが、局部麻酔でできるようであれば小さな傷ですみます。できるだけ局部麻酔ですませられるようにしますからね。」というお話があり、手術中私達は「局部麻酔ですみますように。クルト、いいコにしてるんだよ。」と祈るばかりでした。

 手術が終わり先生がこられると「大丈夫、局部麻酔でできました。クルトもすごくいいコにしてましたよ。」ということ。「よかった〜〜。」と二人で安堵しました。傷を見ると本当に小さく、毛刈りの部分も少なくてすんだようでした。

 1週間後、手術の抜糸も終わり、ほどなくお散歩の許可もでて、傷は順調に治っていきました。その後も何度か通院し、7月中旬の診察で、「もう通院する必要もないでしょう。これからは走っても飛んでも何をしても良いですよ。よく運動してしっかり筋肉をつけてください。ただこのコがこういう病気をしたこと、脚が弱いんだということは常に頭に入れておいて。特に階段は気をつけてください。あと太らせないように。」と先生が言ってくださいました。
 こうして2001年11月からのクルトの闘病生活は、膝に4本の手術痕を残して終わりました。

  

みなさん、ありがとうございました。

 この9ヶ月にわたる病気との闘いは、いろいろな方々にお世話になりっぱなしでした。手術をしていただいたT動物病院のT先生。いろんなことを教えてくださったT動物病院の先生方。入院中をはじめ、いつもクルトをかわいがり看護してくださった看護婦さんや病院のスタッフの方々。
 とても誠実に対応していただいたショップの店長さんやスタッフの方々。そして親身になって相談にのって下さったしつけ教室のK先生、W先生。セカンドオピニオンとして遠慮なく意見を言ってくださったH先生。お会いしたことはないけれど、メールでH先生を紹介してくださったK先生。
 またご近所の方々や、わんこ友達のお父さんお母さん方からは、入院中から最近まで「足はどう?大丈夫?」と声をかけていただきました。私や主人の友達からもメールなどで励ましの言葉をいただきました。 こんなにたくさんの人に大事にしてもらえてクルトは本当に幸せなわんこです。本当に本当にありがとうございました。

 ただ、抱っこをしての療養生活が長かったせいかクルトは「おいで」と言ったら捕まえられると思って、こちらに来ないわんこになってしまいました。もともとべったりと甘えてくるタイプではありませんでしたし、手術をしたのは一緒に暮らして3ヶ月程度のときでしたから、まだ家族としての信頼関係を十分築けていなかったのかもしれません。
 入院中も面会が終わって「じゃあ、おかあさん帰るからね。」といっても、「あ、そ、じゃーねー。バイバイ。」「……。」「おかあさぁん、ボクを置いていかないでぇ。」と泣きわめくコもいましたので、母はちょっと寂しかったです。

 また、今から考えると療養生活のストレスは相当のものだったようです。その頃に撮った写真は心なしか哀しい、寂しい顔つきのものが多いです。
 けれど走れるようになってから毎日の散歩に時間をとり、クルトを連れてあちこちに出かけ、しっかり遊んで運動すると、表情も生き生きとしたものに変わっていきました。

成犬のコートになったのに左がハゲハゲ 5月2日

 「おいで」もあらたに通い始めたしつけ教室で練習しなおし、最近はだいぶできるようになりました。弱々しかった左後ろ足もようやく筋肉がついたのか、ずいぶんしっかりして毛も生えそろい、ちょっとみただけでは足が悪かったとはわからないほどです。4本の傷跡も見つけるのに苦労します。

体重も療養生活直後は9kg近くあったのが、運動量が増えたこと、新陳代謝が良くなったことで2003年11月現在7.8kgまで落ち、それを維持しています。
 この期間の少し残念なことを挙げると、仔犬時代の一番かわいい時に遊んでやれなかったこと、たくさんの写真を撮れなかったこと、撮っても足がハゲハゲで痛々しい写真ばかりなことでしょうか。

 でも手術と療養生活のおかげ(?)で良かったことが2つ。まずは、トイレ。もともとあまりトレーニングしなくてもすぐにトイレコーナーを覚え、家の中で用を足してきたクルトですが、退院後の生活も「お外でトイレ」の必要がなかったのでずいぶん楽でした。そのうえ足あげオチッコを覚える前に去勢したので、特に訓練しなくても今でも足を上げません。
 またトイレシートの感触が気に入ったのか、今では基本的に「どうしてもお外でオチッコ」のときにもトイレシートの上でしかしなくなりました。ですので通常のお散歩はマーキングもなく、ひたすら歩くお散歩です。おでかけ時に荷物は増えますが、トイレのタイミングがコントロールしやすいのでとても助かっています。

 もうひとつは抱っこしてもおとなしくしていられること。抱っこでの療養生活はストレスだらけだったと思うわりには、慣れてしまったのか抱きあげても自分から「降ろせ〜」といわないわんこになりました。
 普段の買い物や旅行先でも、抱っこすれば店内わんこOKのところが増えてきたので一緒に行けるところが多くなり、とても楽しいです。「抱き犬クルト」です。怪我の功名(?)ですね。

 クルトは今では足を手術したのかと思うほど元気に走り回っています、その姿を見ると治療中のつらかったことなど、どこかへ飛んでいきます。何度も手術をしたので病院が大嫌いになったり精神的にナーバスなわんこになってしまうことが心配だったのですが、出会った頃のちょっとおトボケで明るいクルトのままです。
 まわりで変わったことといえば、1度目の診察後、我が家のリビングのフローリングが、カーペットのパズルになったことぐらいです。これからのクルトとの生活は、彼にとって楽しい楽しい時間が積み重なってゆくように過ごしていきたいと思っています。

みなさん、ありがとうございました。今、病気と向き合っているすべての方々に少しでも早く、健康な日々が訪れますよう、お祈りしています。  クルト




 chobiの長い長い[クルトの闘病記]を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。読んでいただいた方の中には、人間、動物に関わらず、ご家族に何か病をお持ちの方、ご自分がご病気の方がいらっしゃるかもしれません。病と共に暮らすのは本人も家族も大変です。

 T動物病院には様々な病を患っている動物達が数多く来院していました。人工透析を受けている猫ちゃん、股関節の手術を受けたセントバーナード、クルトと同じ膝蓋骨脱臼のパグ、椎間板ヘルニアのシーズー、皮膚病で薬浴を受けるコ、目が見えないかもしれないと脳波測定を受けている仔犬もいました。みんなそれぞれ病気と闘い、完治が見込めないコも病気と共生しているようでした。
 クルトもそして私達も、いつ怪我にみまわれたり病気になるかもしれません。私たちより早く年をとるクルトには、老いからくる病を受け止めなければならないときもくるでしょう。それはいつか必ず私たちにもくることです。でも、そんなときには、また家族で協力し明るく暮らしていきたいと考えます。読んでいただいてありがとうございました。

2003.11.07 chobi

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