4. 医学定説「細胞分裂説」の疑惑


《医学定説を覆した千島喜久男》

●血液は消化された食べ物から、腸の絨毛組織で造られる。定説の骨髄造血説は明らかな誤り
●体細胞は分裂ではなく、赤血球が融合・分化して増殖する。生体の健康状態では細胞分裂は起こらない
千島博士の警告:−
「現代医学による医療ミス、薬害、難病に対する無策ぶりは、人体の生理構造についての、この明白な事実を無視した結果である。
もしこのまま放置すれば、国民は医療の犠牲となり、その命と健康が重大な危機に瀕することは必至である。
医師や医療関係者はもとより、ご自分の健康にとくに関心がある方々は、医学迷信、くすり迷信の洗脳からみずからを解放し、『千島理論』をぜひ毎日の生活で実践なさってください」

千島博士は、なんと半世紀におよぶ緻密な観察と実験を繰り返し、それを集大成した「革新の生命医学全集」(全11巻5,550ページ)は1972年に出版された。
この業績に対し、昭和天皇は同書の献本を要望され、正五位勲三等瑞宝章が授与されている。
もちろん、千島理論は世界の学界に知られており、その絶大な賛同者・支持者のなかには、がん細胞研究の世界的権威パリ大学アルベルン教授、血液学者ステファノポリ博士、モスクワ大学オパーリン教授など、超一流の科学者たちがいるのだ。
しかし現代医学は、伝統理論固執の立場から、いまだに千島理論を容認していない。 本当にこのまま、誤った定説に基づいて行われる医療を許しておいていいのだろうか?
(千島博士「革新生命医学理論」より)

医学はいうまでもなく、生命を扱う学問です。だとすると前節でおわかりのように、目に見えるものだけを対象にして、要素別に分割する機械論的世界観は、医学の研究には通用しないことになります。なぜなら生命現象は刻々と流動変化するものであり、部分的、固定的に捉えることはできないからです。
これは医学の根本思想にかかわる重要な問題であるにもかかわらず、医学は科学的、すなわち機械的な思考法に陥ったままで、いまだにこの問題をはっきりさせていません。
たとえば1859年に発表された、フィルヒョウの「細胞理論」と呼ばれる理論は機械論の典型ともいうべきものです。それを現代医学は医学定説として承認し、なんと一世紀ものあいだ医学・医療の世界を支配し続けています。 科学が進歩する一方で医学が多くの問題を抱えるようになったのは、両者の異質性に気づかず、むしろ同一視するところにその根本原因があると思われるのです。
では、フィルヒョウ理論とはどういうものか、その骨子をまず確認しておきます。

  1. 一つの細胞が二つに分裂し、さらにそれが四つに分かれる
  2. すべての生命体は細胞のみで構成される
  3. 生命の最小単位は細胞である
おそらくお気づきのとおり、これが「体細胞は細胞分裂によって増殖する」というあまりにも有名な説で、とっくの昔から世界中の人々の常識となっているものです。もしこれが間違いだったといわれたら、おそらく皆さんは「そんな馬鹿な!」といって、一笑に付されるのではないでしょうか?
しかし驚くべきことに、これらはすべてウソであり、フィルヒョウ理論は完全に間違いであると主張する学者が現れました。その人こそ、「血球分化説」と呼ばれる学説を唱えて一大センセーションを巻き起こした、日本人の故千島喜久雄博士という生物学者・医学者です。といってもほとんどの方は、そんな説など聞いたことも、いや千島喜久雄という名前すらご存じないのではないかと思います。
じつをいうとその千島博士も御多分にもれず、細胞分裂説を率直に受け入れ、これをずっと信じていた学者の一人でした。ところが1940年、九州帝大の農学部畜産学研究室で、ニワトリの卵を使って“胚子の発生”を研究する観察を行なっていたとき、博士はとんでもない発見をしてしまったのです。
いつものように丹念に標本作りをし、きわめて緻密な観察を繰り返していたところ、博士は、まず最初に卵黄球が赤血球に分化(変化)し、やがてその赤血球がつぎつぎと生殖細胞になっていく鮮やかな光景を目の当たりにしました。それは博士にとって「腰が抜けるほど衝撃的」な経験でしたが、観察じたいに問題があるはずがなく、博士はそのときの実感を「自分の目と頭がおかしくなったのではないか」と思った、と後年述懐しています。
それまでの医学・生物学では、[細胞は細胞から」というフィルヒョウ理論を継承して、細胞は細胞以外のものから生まれない(つまり分裂によって増えていく)というのが常識であり、博士も、まさか赤血球が細胞になるとはまったく予想だにしなかったわけです。しかし博士はそれ以降も粘り強く、数百回も同じ観察を繰り返した結果、もはや自分自身を疑う根拠は何一つありませんでした。
こうして博士は、フィルヒョウ理論と完全に対立するつぎの事実を確信するにいたりました。

  1. 細胞は分裂ではなく、赤血球の融合化成、血球分化によって増えていく
  2. 細胞構造を持たない組織はたくさんある。脂肪組織、横紋筋おうもんきん組織、結合組織、硬組織など
  3. 細胞が壊れても生命は存在する
しかしながら、博士がその膨大な観察・研究結果を論文に仕上げ、在籍する九州大学に提出し(1947年)、学位請求を する段階で「あまりにも非常識な内容」といわれ、さまざまな中傷誹謗の的になったことから、学会承認の前提となるべき教授会による審査報告もなされませんでした。
結局論文は10年間も放置されたまま、学位取得どころか、日本では完全に無視され、日の目を見ることはなかったのです。
論文提出から10数年後、博士は九州大学を辞職し、郷里近くの岐阜大学で農学部教授を勤めたり、教育学部生物科で研究に没頭するなど陽の当たらない遍歴がありましたが、その間もずっと実験を繰り返し、自説が間違っていなかったことを何度も確認しています。
そういった時代の1961年、博士は慶大医学部発行の英文雑誌に「ガン細胞の起源」と題する論文を投稿しました。すると数年後の1965年、この論文が偶然にも博士とまったく同じ研究をしていたがん細胞研究の世界的権威パリ大学・アルぺルン教授や、血液学者のステファノポリー博士らの目にとまることとなりました。
そしてそれが縁で、「血球分化説」は千島博士の先駆的業績であったことをアルベルン教授らが知るや、その説に全面の賛同と支持を表明するにいたって、「千島喜久男」という名前は一躍世界を駆け巡りました。
こうして世界の学会は一時騒然となったのですが、どうしたことか、まるで線香花火のように、あっという間に騒ぎは立ち消えになってしまいました。それはいったい、なぜだったのでしょうか?
おそらく考えられるのは、医療産業による口封じ、隠蔽工作がおこなわれた可能性です。どういうことかというと、フィルヒョウの細胞分裂理論によれば、たとえばがん細胞も当然分裂・増殖するということになり、これを阻止するには、がん化の疑われる部位の細胞をできるだけ早期に、根こそぎ取り除けばいいという理屈になります。
この考え方が合理的・科学的であるとされ、それに基づいてこれまで開発されてきたのが、いまや世界の医学常識となった医療手段、すなわち抗がん剤、放射線、外科手術といった安定したリピート商業利益を生む治療法です。つまりフィルヒョウ理論こそ、医療機関、医学界、巨大産学共同体にとって願ってもないありがたい理論だったのです。なにしろそのお陰で、(日本だけでも)年間数兆円という巨額の利益が約束されているのですから・・・。
まさに金の卵のようなフィルヒョウ理論を否定し、同時に現代医学の存立を脅かす千島理論は、どうしても認めるわけにはいかないのです。
それにもし、フィルヒョウ理論が誤りであることが一般に知れ渡ると、過去100年以上も誤った治療をつづけてきた国や医学界の信頼の失墜につながり、ひいては国民に莫大な賠償責任を負わされることになるでしょう。
そうなれば医療従事者(医者、看護士、技術士など)、医療機関や医療産業、その関連企業で働く社員の失業保障問題、それら企業のスポンサリングで成り立つ全メディアの死活問題になることは必至であり、国の経済が大混乱に陥ってしまうわけです。
何がなんでも、そうした事態を避けたい事情はわからないでもありませんが、だからといって、誤った理論に基づく治療法が原因で、がん患者だけでも年間25万人が現実に命を奪われ、さらに数十万という人々が死亡よりもっと残酷な障害を負わされる不条理を放置していいわけがありません。
心理学者ユングによれば、人間一人の命は潜在意識のレベルで万人の命とつながっているといいます。その意味で私としては、集合的無意識下にある人間の良心は、利益追求のためには人命軽視もやむなしという、利己的で卑劣な特権意識の横暴をいつまでも許せるはずはないと信じています。
国民の命を守るべき立場にある国や医学界は、もし千島学説の正当性を理解しているなら、博士が医療の大元凶と指摘するフィルヒョウ理論を追放し、千島学説を公認、導入すべきであると思います。
では、はたして千島博士の観察と結論に間違いはないのか、それをつぎに詳しく見ていきます。
まず生体(人体)のごく普通の生命維持の状況下で、体細胞が分裂によって増えていく現象を目撃したり、確認した人は世界で誰一人としていません。
フィルヒョウを含め、細胞分裂を見たと主張する学者たちは、平常時ではなく、きわめて異常な状況下における細胞の特異な振るまいを正常で当たり前の営みと勘違いしていたのです。
細胞は大変デリケートで、気圧、温度、光、湿度の急激な変化や、飢餓や断食による栄養分の極端な不足など、体内の環境条件が激変すると敏感に反応して、異常な活動を始めることはよく知られています。まして細胞だけを人体から切り離し、そこに強い光線を照射して顕微鏡下で観察するなど不自然な状況におかれると、それこそ不自然な、平常時にはありえない現象を見せるのです。
このように生体が危機に瀕したさい、体のどこか一部で細胞分裂が見られることは千島博士も事実として認めています。しかしこれは異常事態に直面した、いわば生命のフェールセーフ(安全維持機能)現象とでもいうべきもので、本来の細胞形成(増殖)の姿ではありません。
明らかにフィルヒョウは、断続的、断片的に観察したものを性急に判断し、それが不変の事実であると錯覚したのだと思われます。また幸か不幸か、これが理論提唱されたのが科学の大発展の真っ只中だったことから、きわめて「合理的」との評価を受け、すんなり承認されたという背景があります。
一方千島博士は、九州帝大の恩師である丹下教授の助手として“鶏胚子の泌尿生殖器官の組織発生”というテーマを与えられ、その研究に全力を注いでいました。ニワトリのタマゴを観察して、原始生殖細胞がどのように発生するのか、その起源を解明しようというものです。
こうした研究では、それまでの学者は中腎、すなわち胚子の腎臓から、胚子の睾丸や卵巣だけを切り離して標本を作製するのが一般的だったのが、博士は常々、中腎と生殖腺を一緒にした標本を作製していました。
この研究では、卵内に発生する胚子を孵卵三日目、四日目頃から調べなければならず、中腎は生殖腺にしっかり結合していて、切り離すことはほとんど不可能でした。それで博士は発生のはじめから孵化する当日まで、いつも両者を一緒にして標本を作ったというわけです。
中腎と生殖腺が結合した標本を1ケ月ほど見続けているうち、博士はこの両者の間に境はなく、連続的であることに気がつきました。そればかりでなく、さらにその限界領域では、血管外に出た赤血球が無数にあり、しかもそれが生殖細胞やそのほかの細胞に移り変わって行く姿をはっきりと確認したのです。
またこれらの観察中、博士はそれまで謎とされていた一日に40cc(2,000億個)もの赤血球が消滅する現象の真相や、毛細血管の先端は開放型であるなど、意外な事実まで発見することになりました。
なお、ここでご説明した「血球分化説」(「細胞新生説」ともいう)が生まれる前提として博士の「腸造血」の発見がありますが、それについては次節以下で取り上げることにします。
「細胞は血液から造られる」という千島博士の血球分化説は、現代のがん治療の矛盾を見事に突いています。つまりがん細胞が見つかり、それを根こそぎ切除しても、ガンという病気そのものが治るわけではない、したがってそういう短絡で無謀な処置をする根拠は何もない、そのむなしさを明確に示しているのです。
すなわち千島学説に従えば、ガン発生の原因は血液の汚れであり、血液の性状を改善しないかぎり、がん細胞は全身的に出現する可能性があるとなります。それにがん細胞は分裂増殖しないから早急に切除する必要はなく、むしろゆっくり時間をかけて、血液劣化の原因となる食の誤りを是正すればよいとなるわけです。
体に大きなダメージを与えておきながら、その後も再発の恐れを除去できない、再発すればまた同じことを繰り返す、その間ずっと患者は拷問のような苦痛を強いられ、あげくの果てにその命まで奪われてしまう現実を見れば、そういった処置が論拠するフィルヒョウ理論がいかに間違っているか、あまりにも明白ではないでしょうか。(詳細は第六章を参照)。
千島学説を無視せんとする世界、とくに医学界は、「真理はしばしば少数意見とともにある」という湯川秀樹博士の言葉や、「科学の本当の進歩は既存の学説を覆したり、修正していくことにある」という歴史の教訓を謙虚に受け止めるべきです。
千島博士の経歴について、次のサイトもご参考になさってください。
ところで、フィルヒョウが細胞理論を発表してまもなく、メンデルとモルガンが遺伝理論を発表しました。一般的にこちらのほうがよく知られているため、おそらく皆さんもご存知かと思いますが、遺伝理論とは「細胞核に染色体があり、その染色体のなかに遺伝子があって、それによって遺伝の基本的なパターンがあらかじめ決定されている」というものです。
つまり遺伝理論は、細胞分裂を中心とするフィルヒョウ理論を土台に発展させた考え方で、本質的に「生命は変わらない」という固定観念です。
なぜかというと、一つの細胞がまったく同じ二つの細胞に分裂し、それを繰り返すことで細胞は増殖する、その遺伝を決定づけるのが遺伝子だということで、とどのつまり元の遺伝子が変わらないかぎり、変わった形質が途中から発生することはないと断定するからです。
たとえばがんなどの難病が、親から受け継いだ遺伝だから「どうしようもない」、「治らない」と考えるなど、この固定観念は医学常識や病気治療に決定的ともいえる影響を与え、医療が行き詰まる大きな原因になっています。
しかし生命の源は、細胞レベルを越えていることだけは間違いないと思われます。エレクトロニックスなど観測技術の進歩によって、近年ミクロ世界のことがかなりわかってきました。それによると、生命の源は細胞を新生させる血液、ホルモンや酵素、神経伝達化学物質など、細胞よりはるかに微小な超ミクロ物質のなかに存在するものと考えられるのです。
そうすると生命体、ひらたくいえば生命はどこにでも存在しうるということで、「細胞を生命の起源」と決めつけたフィルヒョウ理論では、生命現象の因果関係は説明できないことになります。
超極微のさまざまな要素がたえず流動変化を繰り返し、細胞はもとより遺伝子さえも不変ではない・・・これが最新の技術が明らかにした生命体における生理構造の実態です(つい最近、血液のなかに「ソマチッド」と呼ばれる謎の生命体が発見され、それがDNAを支配しているのではないかと推測されている)。
じっさいの話、たとえば肉体上も性格上からも、親とはまったく異なる形質を受け継ぐ子供が生まれたり、同じ人間でも一代でさまざまな形質を持つなど、固定観念では説明できないことは多々あります。現在の遺伝学・医学はそうした異なる形質が出現するたび、いまだにド・ヴリースの「突然変異説」を持ち出してきて、因果関係の説明を回避、拒否しています。
このように、現代医学が執拗に拘泥する生命不変説は明らかに近代科学、つまりニュートン力学の機械論的世界観の影響を強く受けたものであり、その固定的、分析的、直線的、不可逆的、排中律的な思考法では、生命の営みを正しく捉えることは不可能なのです。
つまるところ現代医学の正体は、人体を機械の寄せ集めのように考え、細胞をその究極の部品とみなす機械論的分割思想の産物であり、生命を扱う学問としていかにとんでもない錯覚であるか、おわかりいただけたのではないでしょうか。
果たしてその機械論的思考の特色は、病気にたいする現代医療の対処法や診療行為にはっきり浮き彫りにされています。 すなわち、

  • がん、糖尿病などの慢性病や膠原病などの難病は治らないと考える(がん細胞は無限に増殖する→直線的、不可逆的)
  • 風邪、アトピー、サーズ、肝炎などの原因を病原体によるものとする(病気は偶然に起こる→偶発的)
  • 組織や細胞、血液、血圧、尿、大便など、さまざまな検査を個別にする(部分的な現象に固執する→局所的、分析的)
  • 病気そのものではなく、病気のシグナルにすぎない症状を病気と断定する(病名を独断で決める→排中律的)
  • 病気の原因がわからず、生体へのダメージを無視する処置をとる(薬、放射線、手術に依存する→対処法が攻撃的)
このように、フィルヒョウやメンデル・モルガンの理論を金科玉条きんかぎょくじょうとする現代医学は、じっさいは流動的、循環的、可逆的、全体的、統合的、なおかつ必然的である生命現象をまるで正反対の概念で捉えている状況がおわかりだと思います。
「科学では生命はわからない」と主張する森下博士は、生命の世界にたいする科学的思考の矛盾について、つぎのように説明しておられます(「自然医学の基礎」より)。

「(西洋思想の土台となっている)二元論というものは、物理の世界では大変重宝な考え方である。車やロケットなど機械を扱う分野で役に立つ。そういう世界では、この分析的、直線的、不可逆的、排中律的な考え方で十分通用する。
しかし生命の世界はこの考え方ではダメだ。生命の世界は、機械のそれとはまるっきり反対のものだからだ。
生命現象の本質は一言でいうと波動であり、ラセンである。生命の世界には直線も直角も存在しない。また生命の世界においては、すべては可逆的である。たとえば病気になっても、しかるべき処置を施せば必ず『治る』という現象が生じる。
『治る』ということは『元へ戻る』ということで、すなわち『可逆』ということである。よく今の医学は特定の慢性病に対して"不治の病"とか、"絶対に治らない"などというが、それこそまさに西洋思想なのだ。アタマが痛いとか下痢をしたというような症状に対しては、たいてい一過性で終わることから、さすがの現代医学も『治る』と考えているが、膠原病とかがんなどの難病に対しては、彼らは『治らない』と考えている。
いろいろと理屈はつけるが、基本線としては『治らない』という考え方をすえている。一度病気になったら治らない・・・この直線的思考こそ西洋思想の真骨頂だ。
けれども実際には決してそんなことはない。生きている限り、いい替えれば生命現象が存在する限り、必ず元に戻りうる。条件さえ整えば、病気は必ず治るものだ。がんも例外ではない。この元へ戻るということが生命現象の最大の特徴である。
にもかかわらず、現代の医学者自身が西洋思想にかぶれてしまっていて、直線的で不可逆的な考え方をしているから、『この病気はもうダメですよ』などということを平気でいうのである。これは実に重大な間違いである。『どんな重症ながんの場合でも、生きている限り必ず治るチャンスがある』ということを、私は口がすっぱくなるほど患者さんに話している」

フィルヒョウ理論に戻って、この理論では一番元になる細胞がどこから、どのようにして生まれたのかが説明できません。ところが、最初の細胞がどのようにできるのか、生命の発生にかかわるこの重要な現象を捉え、画期的な考え方を提示した学者がいたのです。それについて、再び森下博士の「自然医学の基礎」から一部を参照してご紹介します。


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