入院患者たち


 私が突発性難聴で入院していた時の話です。隣のベッドが空いたので、新しい人が入ってきました。その人は中年ながら筋肉質の人で、見た目には普通のおじさんでした。階段から落ちて頭を打ったそうで、あまりうまく歩けませんでした。リハビリの途中だったのです。でも、何かにつけて家に帰りたいと、駄々をこねるのでした。

 実はこの人は以前から入院していたのでした。しかし他の病室でも散々駄々をこねて暴れたので、こちらの病室に移されたのでありました。こちらに来てからも、夜にこっそり病室を抜け出して家に帰ろうとして、途中守衛に見つかって連れ戻されるのでした。

 ある夜また抜けだそうとしました。そこで私は、看護婦に通報しました。駆けつけた看護婦がまずしたこと、なんとそれは注射でした。そして注射が効いたのでしょう、彼はじきにおとなしくなりました。その後はベットに連れて行かれたのです。しかしそこからが大変なのでした。彼はベットに縛りつけられてしまったのです。そういう専門の道具があるとは思ってもいませんでしたから、ちょっとショックでした。

 身動きできなくなった彼は、いろいろ叫んでいました。そして何と私の名前を叫んだのです。びっくりしましたけれど、よくよく聞いてみると、どうも彼の息子さんが私と同じ名前のようなのでした。その後、いびきをかいて寝てしまいましたが、薬のせいか大小便は垂れ流しで、悲惨な姿でした。

 その人は根はいい人なのです。後に水が飲みたいと言ったので、私が水を汲んできてあげたら、非常に感謝されて、差し入れの清涼飲料水を私にくれたのでありました。そもそも階段から落ちた原因は、外国に行っていた人の帰国歓迎会でお酒を飲み、運悪く階段を踏み外したのでありました。そして不幸にも、打ち所が悪かったのでした。会計を任されていたとのことで、周りからも信頼されていたのでしょう。悪い人ではないのです。

 そのほか同部屋にはいろんな人がいました。何せ脳神経外科が中心の病院です。夕食後、しばらく経つと飯はまだかと言う人。半身不随ながら食欲と色気とおしゃべりだけは忘れない人。寝たきりの人。知り合いの人が見舞に来ても名前を思い出せない人。そして亡くなった人。

 みんな根はよさそうな人達でした。ただ病気や怪我のせいで、そういう境遇になったのです。退院後私は、少しやさしい人間になりました。


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