ある男の一生 |
女房・子供に逃げられ、お先真っ暗になった男が一人。 自暴自棄になり、ここはいっそ死んでやろうかと思ったが、どうせ死ぬなら一番いい死に方をしようと、あれこれ考えた。しかし、なかなか良い方法が見つからない。そこで、思いついたのが死に方の研究だった。古今東西の死亡例を検討し、その中で一番良い方法を真似しようと思ったのである。 図書館にも通った。インターネットでも調べた。しかし膨大な死亡例の前に、代表的なもののピップアップだけでも時間がかかった。彼は丹念に分類を始めた。そして分類が終わった後、詳細な検討を始めたのであった。 月日は流れていった。次から次へと新しい死亡例が登場していった。彼は、それらをまた分類し、検討を加えなければならなかった。それを飽きることなく繰り返したのであった。満足いくまで研究を続けるのであった。 そしてとうとう彼の研究成果がまとまった。一番良い死に方も見つかった。彼は分厚い研究論文を前に満足の笑みを浮かべていた。そして一人つぶやいた。「さあ、あとは実行するのみだ」と。 実行の前に、彼は一休みしたかった。長い研究生活を振り返りながら、一晩ゆっくり眠りたかったのである。実行は七日後の昼と決めた。それで、彼は軽いいびきをかきながら、心地よい眠りについたのであった。 次の日の朝がやってきた。しかし彼は目覚めなかった。三日後、新聞が溜まっているのを見て、部屋の大家は異変に気が付いた。そして警察に連絡した。警察では事件性の有無を調べるため、遺体を検死に回した。 ざっと調べた後、検死の医者は言った。「ああ、これは老衰です」。 享年120歳。一番いい死に方であった。 |
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