昔は良かったのかな


 年をとってくると「昔は良かったな」と思いがちだそうな。最近は若い人まで「昔は良かったな」と思っているのかもしれない。世の中不景気で、負担ばかり増えるんじゃ無理もない気がしないでもないが、実は「昔は良かったな」の背景には人間の忘却性の問題があるのである。

 人間の記憶というのは徐々に薄れていくのであるが、結構選択性があるようだ。いやな思い出は忘れるように出来ているのである。これが健康というものだ。人生長い間には沢山のいやなことがあるに違いない。それを全部覚えていては、とても神経が持たないのである。だから健康な人とは、いやなことを忘れることが出来る人とも言える。逆にいつまでもいやなことを引きずっている人は、病気になるのだ。実は私もそういう性分なのであった。

 そういう人間でも、いやなことは忘れなければならない。具体的に忘れる方法はないものか。しかし忘れることを意識すればするほど、忘れないのである。だから、下手な考え休むにしかずで、自然に任せるのが一番いい。若い人はそんなことはないだろうと思うだろうが、年をとってくると意外と忘れるものなのだ。

 これが年をとることの効用である。だから年寄りは「昔は良かったな」と言うのである。もちろん現状への不満もあるだろうが、昔のいやなことを結構忘れているものなのだ。

 私もかなり忘れた。つまり、老化が始まっているということだ。ただ、まだ「昔は良かったな」と思う領域には入っていない。


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