心の豊かさ


 田舎道をバイクで走っていると、道端や畑や田んぼの脇に花が植えられている風景を良く見かける。特に市場用という感じではなく、ごく自然に花が植えられている。春の季節には水仙が目につく。私達通行人にとっては、とても心が和むプレゼントである。農家の人たちがそんなに裕福とは思えないが、心は豊かなようである。

 一方市街地に入ってみると、時々大きな屋敷があって、その周りをぐるりと塀に囲まれている光景が目につく。まるでコンクリートの要塞のように、人を寄せ付けない威圧を感じさせる家もある。もちろん防災上、防犯上そうしているのであろうが、周りの風景とはなにかそぐわない感じがするものである。お金持ちになると、何かと守るものが多くなるのであろうか。

 こういう屋敷には、おそらく立派な庭があるのだろう。しかしその庭はその家の家族だけのものであって、外からは窺い知れない。我々通行人には、全く無縁のものなのであって、まあなんともったいない事か。

 私は人の家にとやかく言うつもりは無い。塀を無くせなんてとは言わない。しかし、できれば塀を1メートルずらして、道路に面した場所に花を植えて欲しいと思っている。これが心の豊かさというものであろう。またそうする事によって、近所の人たちや通行人の関心も高まり、防犯上もプラスとなるのではないか。

 私は思う。なんでもかんでも自分の財産を守ろうとして、強固な塀に囲まれて孤独な生活をするよりも、少しで良いから心をオープンにして周りの人に喜ばれた方が、幸せなのではないかと。

 裕福ではないけれど心が豊かな人、裕福だけれども心は貧しい人、どちらが立派か言うまでもなかろう。私のように裕福ではなく、心も貧しい人間が言うのも野暮な話ではあるけれど。
 


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