<反撃>
 マルチ音源禁止令で地下に潜った人々は、ひそかに反撃の機会をねらっ ていた。 「このままでは駄目になってしまうぞ。何か対策を打たないといかん」 「そうだ、かくれマルチ音源ファンはまだ大勢いるはずだ。ここがふんば りどころだぞ」 「うん、何か良い方法はないかな」 「まずは地下組織を作り上げたらどうだ」 「それはいい。みんなばらばらでは力を発揮できないからな」 「めぼしい仲間に呼びかけて、全国に組織の網の目をはりめぐらそう」 「うん、体制固めが大事だ」 「合言葉はドイツマルクは値上がり中でどうだ」 「独立マルチ音源、略して独マルか。これはいい」 「おう、さっそく行動開始だ」  その後。 「どうだ、組織化はうまくいってるか」 「うーん、いまいち伸び悩みなんだ」 「ステレオ派の目を避けてやっているんだ。そう簡単にはうまくいかない さ」 「着実に、持久戦でいくしかないかな」 「ああ、確実な線をまずつくろう」  更に時が経って。 「そろそろ、うまくいってきたかな」 「ああ、だいたい基本的な組織はできたんだが、どうもステレオ派に感ず かれているようなんだ」 「そんな兆候があるのか」 「うん、地方の一部で妙に活動が不活発なんだ」 「監視されているのかな」 「いや、もっと強い締め付けがあるようだ」 「こういう動きが全国に波及しなければいいんだが」  しかしステレオ派の締め付けにもめげず、とうとうその日がやってきた。 「さあ、いよいよ大っぴらに組織の旗揚げの日がきたぞ」 「うれしい限りだ。よし、正式に組織の名前をつけよう」 「全国マルチ音源復興同盟だ。これでいこう」 「おおっー」  そこへ、火急の知らせが飛び込んできた。 「委員長、大変です」 「なんだあわてて、どうしたんだ」 「ステレオ派の大規模な切り崩しが始まりました」 「なんだと。どんな手だ、それは」 「金にものを言わせた買収工作です」 「なにー、それは汚なすぎるじゃないか」 「そうだ、卑怯にもほどがあるぞ」 「よしこうしてはおれんぞ。さっそく全国に檄を飛ばして反撃だ」 「国会にデモをかけるぞ」  そうして次の日、国会前はデモ隊で覆い尽くされていた。 「全国のマルチ音源ファンは立ち上がったぞ」 「そうだ、もう黙っていないぞ」 「マルチ音源禁止を撤回しろ」 「もっと自由な音楽を保障しろ」 「ステレオ派は妨害をやめろ」 「表現の自由を守れ」 「我々の言い分も聞け」 「誤解と偏見には負けないぞ」 「デマや悪宣伝は消えろ」 「マルチ音源復活を勝ち取るぞ」 「みんなの願い、マルチ音源復活を勝ち取るぞ」 「わー、わー」 「おー、おー」 「議長、これは困りましたぞ」 「なんということだ。警視総監に電話をいれてくれ」 「もしもし下院議長だ。この騒ぎはいったいなんなんだね」 「あのー議長、これはマルチ音源派のデモです」 「なにぃ、あれは禁止されたはずじゃなかったのか。まだ火種がくすぶっ て いたのか。それに何だ、この大人数は」 「申し訳ございません。最近はステレオ派の締め付けがきびしいのでせい ぜいデモ隊は数百人と予想していたのもので、警備が甘くなってしまい ました」 「何を言っているんだね、きみ。人数が2桁も違うじゃないか。しかしそ れにしてもしぶとく生き残っていたもんだなあ」 「はあ、最初は少人数だったんですが次から次へとふくれあがりまして」 「それはともかく、何とか解散させる手はないのかね」 「それが益々人数が増えてきていまして、手に追えません」 「うーん、困った事態だ」 「議長、何とか収拾を」 「うーん、このままでは無法状態になってしまう」 「やっぱりマルチ音源禁止は強引すぎたのでしょうか」 「そうだったんだろうな。ステレオ派の圧力に負けてしまったからな」 「ここはなんとかしないと」 「しょうがない。マルチ音源の禁止を解こう」 「でもそうすれば、今度はステレオ派が黙っていません」 「ああ難しい局面だ。しかし、しょうがないんだ」 「ステレオ派を懐柔するために、これまでの文化に対する貢献をたたえて 国民文化特別功労賞でも贈りしょうか」 「ああ、何でもやろう。大して金がかかるわけじゃない。この危機を乗り 越えるには国家最高大勲章だって贈っても良い」 「分かりました。私が交渉役を務めます」  こうしてマルチ音源派は勝利し、この夜勝利集会が開かれた。 「とうとうやったぞ。今日は記念すべき日だ。ここで革命宣言だ」 「おおっー」 革命宣言: 我々はついにステレオの呪縛から解かれ、自由になりました。 すべての楽器はコンピュータシステムの下、平等であります。 いまこそ音楽の基本に立ち帰り、真の協調による合奏を。 自由、平等、協調・・・万歳。 「わー」 「わー、わー」 「わー、わー、わー」 歓声はコーラスとなって、夜の闇の中にとどろいた。