<神話の創造>
「こんにちは、叔父さん久しぶりです。今日はちょっと近くまで来たも  のですから」 「おおそうか、暫く合わないうちにおまえも随分大人らしくなったな。  まあ上がれや」 「3年ぶりですからね。で叔父さんは相変わらずマルチ音源やっている  んですか」 「うん、ホームページまで作ってね。そこそこやっているよ」 「うちの親父言ってましたけど、なんであんなのにハマルのかなーって」 「ああ兄貴か、若い時から音楽好きで随分レコードを集めていたから、  ステレオがいいんだろう」 「いいえ、親父はマルチ音源は良く分かると言ってます」 「おおそうか、合唱団にも入っていたからアンサンブルというのは良く  分かるんだな」 「でも耳が悪い叔父さんがなぜマルチ音源なのか良く分からないと」 「そうかそうか、うんうん、これには私の過去がからんでいるからね」 「過去って」 「私は昔世界一のステレオを夢見ていたことがあってね」 「で」 「それが左耳を悪くして夢が打ち砕かれた。10年前のことだ」 「それは知っています。めまいがひどくて入院したんでしょう。見舞い  に来たかったけど受験勉強の最中だったんで・・・」 「ああそれはどうでもいい。その後にね、ステレオを絶対視していた自  分に気がついたんだよ」 「絶対視ですか。でもステレオなんてあまりにもありふれていて空気み  たいなもんじゃないですか」 「そう、そうなんだよね。私も何の疑いもなくステレオと付き合ってい  た。それが突然えたいの知れない化け物になってしまったのさ」 「ステレオは片耳じゃ聞けませんものね」 「モノラルの方がましさ。でも私の心の中では何かを求めていたんだ」 「それがマルチ音源だったんですか」 「うん結果としてはそうなるけど、その過程にはいろいろあってね」 「そう言えばマルチ音源を言い出したのは5年ぐらい経ってからですね」 「ステレオが分からなくなってからは、暫くオーディオからは手を引い  ていたんだけど、その間音楽とは、オーディオとは何かと考えていた  んだよ」 「へー、そうだったんですか」 「考えていたと言ったけど、意識的にばかり考えていたわけじゃなくて、  無意識のうちに考えていた部分が大きかったかな」 「やっぱりオーディオの血ですか」 「良いこと言うね。そうオーディオの血が騒ぎ場所を求めて頭の中で活  動していたんだね」 「その結果がマルチ音源ですか」 「そうなんだ。でもこれは私がステレオの呪縛から解き放たれて、自由  に考えることができたからなんだよ。」 「普通の人じゃそこまでいかないですよね」 「そう、耳が2つあってスピーカーが2つある。普通の人にはステレオ  は何の抵抗もないことだからね」 「でも苦労もあったでしょう」 「うん、今でもとても苦しい。絶対的なものへの疑問、挑戦。ほとんど  初めから一人で考えなければならなかった。それでもここまでやって  きた」 「そこなんですよ親父が分からないというのは」 「実は私にも良く分からなかったんだよ。でも最近ようやく分かってき  た」 「それは何ですか」 「それはね。新しい神話を作ることなんだよ。ステレオという絶対的な  ものに代わる新しい神話だ」 「まるで宗教みたいですね、壮大だなあ」 「そう私がマルチ音源教の教祖なのだ」 「マルチ、宗教、なんか危険な感じがしますね」 「全然危なくないって。別に勧誘もしないし、お布施もいらない。自由  で思う存分音楽を楽しめばそれで良いんだ。だからホームページでも  楽しみ方を紹介しているんだ」 「じゃあ教祖なんて言わない方が」 「そうだね、発案者とでも言っておこうか」