コンピュータミュージック編 第3話  <上位機種> 


「これは戦略上の重要ポイントなんだが」

  社長はおもむろに切り出した。

「それはどの様なことで・・・」

  専務はかたずを飲んだ。

「上位機種だよ。上位機種。今度の新製品は上位機種でなくてはいかん」
「と申されますと」
「うん、これまでの資産が活用できなければいかんということだ。つまりこれ
 までの曲デ−タも使えなくてはいかん」
「しかし、これまでの曲デ−タはすべてステレオ用でして、マルチ音源には対
 応できませんが」
「そこをなんとかしてもらいたいんだよ。コンピュータのソフトでも、バ−ジ
 ョンアップ品は前のバ−ジョンのデ−タも扱えるようになっているだろう」
「はあ、それはそうですが、マルチ音源とステレオでは基本的な考え方が違い
 ますので、バ−ジョンアップとはだいぶ事情が・・・」
「曲デ−タは高いんだ。装置が変わったからといって全然使いものにならなく
 なったらばかばかしいだろう。逆に今までの曲データも使えますと言うのは、
 大きなセールスポイントなんだよ」
「確かにそうではありますが、なにぶんマルチ音源とステレオでは・・・」
「どちらも音楽を楽しむものじゃないか。なんとかしてくれよ」
「はあ、・・・」

  専務はそう言って引き下がったが、名案があるわけではなかった。


「困った難題だ。マルチ音源とステレオじゃあ違うのに」
「違うからこそ、この様なことが必要なんじゃないですか」

 Kは専務にそう話しかけた。

「ああ、そうなんだが。しかしどうもしっくりこないのだよ」
「それは、マルチ音源とステレオとでは基本思想が異なるという意識が強過ぎ
 るからでしょう」
「ああ、そうかもしれない。しかしそれは紛れもない事実だからな」
「両方できる装置が有ればいいんでしょう」
「ああ、でも単純に2つの装置をくっつけるのはどうもな」
「それじゃ、マルチ音源だけにしましょう」
「それじゃあ、駄目なんだって」
「大丈夫ですよ」
「マルチ音源でステレオができるのかい」
「できますとも。いいですか、マルチ音源はステレオよりスピーカーもアンプ
 も数多く持っているんですよ」
「しかし、・・・」
「心配要りません。マルチ音源の端のスピーカー2つ使えばいいだけですから」
「音源はどうする。マルチ音源は楽器の数だけの音源しか持っていないよ。そ
 うカルテットなら5台だ」
「そこはステレオ用の音源1台追加すればいいじゃないですか。そもそも最近
 の音源はそういうのが多いんですから」
「ステレオとマルチ音源の切り替えはどうする」
「自動で行えるよう、曲デ−タに細工をするのです。例えばマルチ音源用のデ
 −タは認識デ−タを入れておくのです。空きチャンネルを利用して」
「うーん、それは一つの手ではあるな」
「でももう少し工夫したいところですね」
「うん、音源がマルチ用とステレオ用に分かれているっていうのは無駄だな」
「音源は一まとめにして、内部処理でステレオとマルチの切り替えをやっても
 らった方がスマートですね」
「このへんは音源の専門家にまかそう」

  専務は納得して、社長に提案した。


「社長、これならいかがでしょう」
「おお、これで上位機種ができあがったな」
「そうですね。ステレオ単独機種にとっては完全な上位機種になりますね」
「今までの資産も使える。新しいこともできる。こうでなくては」
「文化資産は大事にしませんとね」
「そう、そう」