カラオケ編  第1話  <誕生>


  それはある日の会話から始まった。

A男)たまには、生バンドをバックに歌を歌ってみたいよな。
B子)馬鹿ねえ生バンドだなんて。素人がそう簡単には歌えないわよ。カラオ
      ケで十分でしょう。
A男)でもなー。最近のカラオケには飽きちゃったよ。やたら見たくもない絵
      ばっかり出てきて、つまらないよ。
B子)でも、そんなこと言ったって。今はみんなそうなのよ。絵が出るから、
      歌聞きたくない人は、絵を見て気を紛らわせられるんじゃないの。まあ、
      あんたの場合は少しは歌聞けるけどね。
A男)なんかいい方法はないかなあ。別にぜいたく言うつもりはないんだけど。
B子)それなら自分でバンド作って、ボーカルやったらいいでしょうに。
A男)そこまではできないよ。忙しいし、人集めも大変だしさ。
B子)それもそうよねえ。ああそうだわ、Kさんに相談してみたら。あの人
      いろんな発明やってるんだって。
A男)そうだったね。でも何か変なことやってたんじゃなかったけ。まあいいや。
      音楽好きそうだし、聞いてみるか。

  ということで、A男とB子はK氏のところへやってきました。


A男)Kさん、なにかいい方法はないでしょうかねえ。
K氏)うーん、生バンドが無理でもそれに代わるものがあればいいんだな。
A男)でも今までみたいなカラオケじゃいやですよ。歌ってても何と言うのか、
   どうも伴奏としっくり行かないんですよ。音程がずれるとか、リズムが
   あわないとか言うんじゃなくて、なんだろうな、そう自分だけが歌って
   いるという感じなんです。
B子)私もそう思うわ。伴奏が横から出てくるというのも変よね。
K氏)しかし、カラオケは生演奏じゃないからなあ。
A男)それじゃいい方法はないんですか。がっかりだなー。
K氏)待て待て、ピアノの伴奏なら横から音が出てきてもおかしくないだろう。
      そうか、生バンドは楽器が演奏しているところから音が出るんだ。
B子)それって、あたりまえじゃないんですか。
K氏)そうなんだ。いいところに気がついた。だから、カラオケでも楽器のあ
   るところから音を出せばいいんだ。
A男)でもカラオケって、ステレオでもスピーカーは2つしかありませんよ。
K氏)スピーカーの数を増やせばいい。
A男)ただスピーカーの数を増やすだけでいいんですか。それなら音がいろん
   なところから出てくるだけじゃないんですか。
K氏)ただスピーカーを増やすんじゃなくて、それぞれのスピーカーから別々
   の楽器の音を出せばいい。つまりあるスピーカーからはベースの音、別
   のスピーカーからはギターの音を出せばいい。
A男)なるほど、スピーカーを1つの楽器と見立てて、それを生バンドの楽器
      のように配置すればいいんですね。
B子)すてき。これであなたの夢がかなえられそうねA男さん。
A男)うーん。でもこんなことが実際できるのかな。できたらカラオケの革命
   だぞ。
K氏)革命とはオーバーだなあ。まあカラオケの原点に戻るということかな。
   いろいろやってみるから後で音を聞きにきなさい。

  ということで、K氏はさっそく具体案を考えることになった。


 後日、A男はK氏宅を訪ねた。

A男)Kさん、とうとうできたそうですね。
K氏)できたと言っても、まだ原理試作みたいなもんだよ。
A男)さっそく音を。あれ、これコンピュータじゃないですか。コンピュータ
   ミュージックですかあ。ピコピコ音楽はいやですよ。
K氏)まあ、そう言わずに音を聞いてご覧なさい。
A男)わー、これがコンピュータの音ですか、すごい。本物の生バンドみたい
   ですね。ベースは左から、ピアノは右から、ドラムは真ん中の奥から、
      しかも楽器の高さ方向の位置まで分かりますね。今度はサックスですか、
      あれサックスが動きまわっている。なんだKさんがスピーカーを動かし
      ているのか、びっくりした。
K氏)こんなことがステレオにできるかい。ステレオは左右の位置関係は表現
   できるけど、立体的な位置関係は表現できないんだ。それに中抜けとい
   って、左右のスピーカーを離すと、臨場感がおかしくなってしまうんだ。
A男)ふーん。でもなんでコンピュータミュージックなんですか。
K氏)もちろんマルチチャンネルで録音再生できるカセットテープがあれば、
   カセットテープでもできるさ。でもコンピュータミュージックの方が頭
   出しが楽だし、マイナスワンといって特定の楽器の音を消したり、キー
   変換やテンポ変換も簡単にできるから、カラオケには向いているのさ。
   歌わないときは、メロデーを楽器に演奏させて、楽しめばいい。
A男)今日のはカルテットだったんですが、もっと楽器の数を増やすことはで
   きないんですか。
K氏)最高16楽器分はできるよ。そうすればミニオーケストラもできるかな。
      でもカラオケの場合はむやみに楽器を増やすより、少人数編成にした方
      が伴奏と歌い手の一体感が増していいんじゃないかな。
A男)安くできますか。
K氏)最近はコンピュータミュージック関係の装置がどんどん安くなってきて
   いるから、うまく組み合わせれば安くできると思うよ。アンプやスピー
   カーも、その楽器専用のものでいいから安くなるよ。何もサックスの音
   だけ出すのに、パワ−の出るものや低音が出るものは要らないからね。
A男)それで安心しました。カラオケが高いんじゃ、庶民の楽しみにはなりま
   せんもんね。今日はどうもありがとうございました。


  A男から話を聞いたたB子は、C子を連れてやってきた。

B子)Kさん、音を聞かせて下さい。
C子)私も聞きたいわ。

  音を聞いたB子とC子は、次のような感想を話した。

B子)音がはっきりしているみたい。
K氏)それは音源が独立したんで、混変調歪が減ったんだろう。
C子)でも、音は良さそうだけど、スピーカーがいっぱいあって何か邪魔くさ
      い感じ。
B子)あいかわらず、きびしいのね。
K氏)私の持っているスピーカーは大きいのだけだからね。確かにスピーカー
   のデザインは大事だと思うね。いい考えはないかい。
B子)そうねえ。もっとスピーカーをかわいくして、上にお人形なんか乗せて
   みたら。 
C子)どらえもんのぬいぐるみを乗せたらおもしろそうじゃない、ギターは、
   のび太。ドラムはドラミちゃんだったりして。
K氏)招き猫ブラザーズとか、だるまカルテット、3月には五人囃子なんての
   はどうかな。
B子)なんか硬い感じ。でも自分で好きなようにできるからいいわね。自分専
   属のバンドみたい。
K氏)まあ、スピーカーのデザインはいろんな人の意見を聞いてみるよ。ほか
   にはないかい。
C子)ついでに、歌詞が出るモニタ−は 、譜面台みたいなのがいいわ。
K氏)今はやりの液晶を使った、平面モニタ−にするか。
B子)こういうのって、デザインが大事だもんね。特に女の子はそうよ。
C子)デザインもそうだけど、このコンピュータ誰にでも使えるのかしら。わ
   たし機械に弱いから、ちょっと心配。できればコンピュータぽくないの
   がいいわ。
K氏)実は、小型のCDプレーヤーみたいなコンピュータミュージック再生装
   置が市販されているんだ。それを改良すればいい。あとはファミコンと
   ドッキングさせて、子供も大人も楽しめるようにすれば大いに売れるか
   も知れないね。
B子)その場合、スピーカーは合体ロボットのようにして、ファミコンやると
   きは1つにしちゃえばいいのよね。ソフトもROMカートリッジにすれ
   ば手軽よね。
K氏)よし、ドレミファ・ファミコンと名前をつけよう。
C子)でも音は良すぎないほうがいいわね。
B子)どうして。音がいい方がいいじゃない。
C子)だって、実際の生バンドから文句がきたら困るでしょ。
K氏)確かにそうなんだ。以前DATで、録音しても音が劣化しないんで音楽
   関係者達からクレームが出たんだ。でもこれはコンピュータミュージッ
   クだから、逆に生演奏とはまったく違った味わいの伴奏に仕上げること
   ができるから、心配ないと思うよ。それにこれでかえって生バンドが見
   直されるかも知れないよ。ただ素人には高くて歌えないと思うけどね。
B子)そうよね。コンピュータミュージックのいいところを活かして、今まで
   とまったく違う伴奏をめざすのも1つの考え方よね。
C子)そしたら、カラオケ夢工房とか名前つけちゃおうかな。
B子)わたしは、カラオケマイバンドがいいわ。でもほんとは、やっぱり生演
   奏に近いのがいいなあ。だって、A男さんの夢なんですもの。

K氏)いろいろ夢が広がっていくね。


  後ほどK氏はこの装置に、独立マルチ音源(注1)カラオケ、通称カラオケ
アンサンブルと名前をつけたのであった。


注1:

 この作品集において、独立マルチ音源とは、一つのスピーカーから同時に一
種類の楽器の音しか出さないものを指します。またマルチ音源とは、原則とし
てはそうですが、時として同時に二種類以上の楽器の音が出て来るものを指し
ます。また完全独立マルチ音源とは、いかなる場合でも特定の楽器とスピーカ
ーが一対一に対応しているものを指します。