カラオケ編 第5話 <パパお願い> 録音する音と言ったって、いろいろあります。楽器の演奏や歌ばっかりじゃ あないんです。 「わたしカラオケで歌の練習するの。そう音声多重のカラオケでね」 「あれは歌手の歌を消したり出したりできるんだったっけ」 「ピンポーン。歌手の歌と自分の歌を比べられるから上達も早いってわけ」 「ふーん、なるほどねえ。おまえがカラオケをねえ」 「だからパパ、お金ちょうだい」 「自分で出しなさい」 「パパも使っていいから、お願い」 「わかったよ、近ごろの若い娘はまったく・・・」 そう言いながら買ったカラオケで、K氏は娘以上に歌を楽しんでいた。しか しあまり巧くならない。 「年なのか。それとも初めからセンスがないのか。誰かいいアドバイスをして くれる人はいないかなあ」 「プロの先生に習ってみたら」 「わしは歌手になるつもりはないし、それに金がかかってしょうがない」 「じゃあ、あきらめなさいよ」 「簡単に言ってくれるじゃないか。だが、そうそう諦められますかってんだ」 K氏は、簡単に引っ込む男ではない。 「よーし、テープにアドバイスを吹き込んでもらおう」 「そんなことしたら、歌手の歌が聞こえなくなってしまうでしょうよ」 「テープのトラック数を増やして、マルチトラック録音にするんだ」 「マルチトラック?、何それ」 「カセットテープにはトラックと言うのがあって、普通のステレオだと2つの トラックに別々に左右の音を入れてるのさ。それでトラックの数を例えば4 つに増やして、第一のトラックにアドバイス、第二のトラックに歌手の歌、 第三のトラックにステレオの右、第四のトラックにステレオの左を録音して もらえばいいってわけ」 「聞くときはどうするの」 「特定のトラックだけを聞かないようにはするのは簡単にできるから、普通の カラオケにも、それに歌手の歌を加えたのも、歌手の歌の代わりにアドバイ スを加えたのもできるよ」 「へーえ、なかなか考えたじゃない。ボーとしているようで、結構やるのね」 「親を馬鹿にするんじゃないの。さて問題は装置だ」 「売ってないの」 「プロやマニア向けの装置はあるけど、高いんだよねこれが」 「ラジカセぐらいの値段にならないの」 「うーん、本当に必要な機能だけに絞ればできるんじゃあないかな。基本はカ セットだからな」 「いっぱい売れれば、量産効果で安くなるんでしょうね」 「うん売れればね。ほかには、似たようなものを改良するのでも安くなるかな。 似たようなものと言えば、カーステレオはどうかな」 「あれもカセットだもんね」 「オートリバースって4トラックのヘッドじゃなかったけか。別に反対方向に テープを動かす必要がなければ、4トラック分まるまる使えるんじゃないか。 だめなら専用の4トラックヘッドにしてと。メカはそのままでいいし、アン プが4ついるのはまあしょうがないか」 「うまくいきそうなの」 「ああ、その気になればなんとかなりそうだ」 「それなら、ちょっと変えてほしいんだけど」 「なに、どこを」 「ステレオでなくてモノラルでいいから、1トラックあけてそこに自分の歌を 録音したいの」 「そんなの簡単さ」 「よかった。これで益々カラオケは上達ね。みんなに自慢しちゃおうっと」 「ふん、練習しなければうまくならないよ」 そう言いながらK氏は、次の策として8トラックを使った独立マルチ音源カ セットテープカラオケを、秘かに考えていた。