マルチ音源編 第10話 <出発点> 代用品から出発するか、発展品から出発するかそれが問題だ。 「どうしても生バンドが集まらなくってさ。背に腹は替えられない、しょうが なくってマルチ音源にしたのさ」 「生バンドの代用品ってわけね」 「ほんとは生バンドが良いんだけど、上手いのは引っ張りだこでね、ぼくらみ たいなところには、集まらないんだよ」 「お金もかかるし」 「そう、それに一流どころじゃ気を使うしね」 「それで、マルチ音源にしたってわけね」 「うん。最初はどうかなーと思ったんだけど、やってるうちにこっちの方が良 くなってきた」 「演奏間違えないしね」 「それもあるけど、面倒がないんだ。曲選んでスタートさせるだけだから」 「それに、初めから何曲か選んでおけば、連続して自動演奏してくれるしね」 「慣れれば楽なもんだよ。余計な気を使うこともないしさ」 「お客さんの反応はどう」 「下手なバンドよりは良いっていってるよ。それに見ても楽しいって」 「これ、デザインにずいぶん力入れたでしょう」 「うん、雰囲気が大事だからね。上品な感じでないとね」 「機械的っていうのは興ざめね」 「場所にもよるけどね、ケースバイケースさ」 「こういうのって増えるのかしら」 「誰かが最初にやって上手くいけば増えるものさ。問題は誰が最初にやるかだ」 「そうねえ、最初にやる人って勇気がいるわね」 「ぼくの場合は背に腹は替えられなかったから、勇気も何もなかったけどね」 「でもこれって、見方によったらステレオの発展品でもあるのね」 「技術的には違うけど、音楽聞く方としてはそうかもしれない」 「ステレオに飽き足らない人にはうってつけね」 「でもこれまでの延長線で考えたら駄目だよ。これはあくまでオーディオ中心 じゃなくって音楽中心なんだから」 「今までは音楽中心じゃなくって、オーディオ中心ってわけね」 「そう技術的なことばかり考えすぎている」 「何のための技術か忘れているのかしら」 「それはちょっと言い過ぎだけど、その傾向はあるね。大体技術屋はいそがし くって生演奏を聞く機会がないんだよ。技術の進歩についていくのが精いっ ぱいなんだから」 「考えてみればナンセンスな話ね」 「そう、肝心のことがおろそかになっている。それもこれも日本の音楽文化が が根無し文化だからさ」 「ずいぶん過激なことを言うのね」 「そんなことはないさ。だいたい外国から有名なアーチストが来ればわっと群 がるけど、身近な音楽を大事にしているかいな」 「もっと身近な音楽を大事にするようになれば、マルチ音源も一般化するのか しら」 「うーん難しい。その時は人間の生演奏を大事にするんだろうな。マルチ音源 が一般化するには、その中間状態だろうね」