一般音楽編 第11話  <ライブハウス>


 そのジャズ喫茶は、町外れにある。大きな音を出しても平気なため、結構マ
ニアには人気があった。

「よっ、ひさしぶり。元気だったかい」

  一人の男がドアを開けて、大きな声で言った。

「おう、ずいぶん合わないうちにすっかりたくましくなったなあ」

  客の一人が答える。

「山で働いているんだ。毎日が力仕事でね」
「そうか、それは大変だな」
「いや、俺には向いているのさ。でもたまにはこうやって町に出てきて、別の
 空気を吸うのもいいもんだ」
「それに、ジャズも、ってか」
「そうそう、山は静かでいいけど、刺激がなくってね」
「刺激か。そうだちょうどいい刺激があるぞ」
「うひっひっ、まさか悪い遊びじゃないだろうな」
「そんなのじゃあないよ。新しい装置が入ったんだ。これは刺激的だぞ」
「なんだそうか、どれ」
「あれさ。最新式演奏装置だ」
「あれかい。ステレオみたいなやつだな」
「ステレオじゃあないよ。独立マルチ音源といってな、楽器毎にスピーカーが
 独立になってるんだ。まあ一種の自動演奏装置だな」
「録音じゃあないのか」
「ああ、録音じゃあない。コンピュータミュージックだ」
「ふーん、何はともあれ聞いてみよう。マスター頼むよ」
「へーい、曲は何がいいかな」
「そうだな。テイクファイブにしよう」
「じゃあ、はじめるよ」

「いやいやいや、ほーほほっほーほー、これはごきげんだね」
「どうだい、刺激的だろう」
「まったくまったく、こりゃ最高だ」
「ライブハウスの雰囲気だろう。演奏家を呼ばなくても楽しめるんだ」
「ステレオじゃあこうはいかないもんな。どうしてもレコード鑑賞になってし
 まう」
「ジャズなんて鑑賞するもんじゃないからね。やっぱり身近で演奏してくれな
 くっちゃ」
「そうそう。でも、今のはカルテットだったけど、ビックバンドもできるのか
 い」
「楽器16台まではできるんだけど、楽器を増やすと雰囲気ががらっとかわっ
 ちゃうんだよ」
「そうなの?」
「うんカルテットならライブハウスそのものって感じだけど、数を増やすにつ
 れてコンサートホールでの演奏に近くなる」
「コンサートホールか。じゃあこの店がコンサートホールになるのか」
「うん、でもそうすると問題が出るんだ」
「どんな問題さ」
「こんな小さい店がコンサートホールだなんて、そもそも異常じゃないのかい。
 要するに、店の雰囲気や空間と演奏とがマッチしないんだよ」
「あっそうか。小さなライブハウスでビックバンドというにはいかにもミスマ
 ッチだ。でもステレオなんかじゃ、小さな部屋で平気でビックバンドを聴い
 ているけど」
「そこがステレオと独立マルチ音源の違いなんだよな。要するにステレオは本
 物じゃなくって、疑似的なものなんだよな。だから部屋はどうでもいいって
 わけだ」
「独立マルチ音源は本物ってわけ?」
「そう、演奏という意味ではね。だから部屋とのマッチングが重要なんだよ」
「なるほどね。本物の演奏か。そういえば山の中は本物の演奏家だらけだなあ」
「わたしゃ音楽家山の小りす、ってか」
「うん、山の中はいろんな音でいっぱいだ。鳥の声なんか音楽みたいだ」
「俺もたまには山に出かけるか」
「そう、それがいい。刺激になるぞ」
「おまえは町が刺激になる。俺は山が刺激になる、ってか」


 皆さんたまにはリフレッシュしましょうね。
  
 次はクラシック編です。


  その喫茶店は静かな森の中にあった。

「やあ、こんにちは。すっかり春らしくなりましたね」

  一人の青年が訪ねてきた。

「おや、これは久しぶり。元気だったかい」

  客の一人が答えた。

「実はね、町で働いてたんですよ」
「ほう、どうりで最近合わなかったわけだ」
「町もいいけど、たまには森の中も落ちつきますね」
「ところで、もっと落ちつくものがあるんだけど」
「それはなんですか」
「新しい最高の装置が入ったんだ、あれだよ」
「あれですか。見たところステレオみたいですけど」
「あれはステレオじゃなくって、独立マルチ音源といって楽器毎にスピーカー
  が独立になってるものなんだ。まあ一種の音楽再生装置だね」
「レコードみたいなものですか」
「いや、テープで録音した演奏だ。マルチトラックレコ−ダ−なんだ」
「へえー、何はともあれ聞いてみたいですね。マスターお願いします」
「どんな曲がよろしいでしょう」
「そうですね。シューベルトの鱒がいいですね」
「じゃあ、はじめますよ」

「ああ、森の中の音楽。耳にしみますねえ」
「そうだろう。自然な感じが一番なんだよ」
「ステレオとはちょっと違う雰囲気ですね」
「楽器と同じ配置でスピーカーを配置しているから、本当の音楽再現ができる
 んだ。同じ録音といったってステレオじゃあ立体的な雰囲気を出すのは難し
 いからね」
「4重奏、5重奏なんかは最高ですね」
「うん、オーケストラだってできるよ」
「オーケストラもですか。うーん、でもスピーカーだらけになってしまいます
  ね。そうなると場所が問題ですね」
「そうだね。もっともっと広い場所でないとね。演奏にはそれぞれふさわしい
 場所があるものさ」
「こういう所だと、小規模な編成の方が似合いますよね」
「うん、やにくもに大編成にすればいいってもんじゃないのさ」
「場所だけの問題でしょうかね。なんか別の問題がありそうな気もしますけど」
「そうだね。ステレオだとあんまり場所関係ないんだよね」
「枕元でオーケストラというのもありますからね。だけどこの装置じゃそうは
 いかないなあ。不思議だなあ」
「やっぱりこの方式は本物に近いからだろうなあ。ステレオは結局本物から遠
 いんだよ」
「今まではステレオが絶対的なものだと思ってましたが、そうじゃなかったん
 ですね」
「そう、絶対と言うことはそうはない。特に技術の世界じゃね。時代が変われ
 ば変わっていくものなんだよ」
「そうですね。でも何故いままで誰も考えなかったんでしょうね」
「おそらく考えた人はいたと思うよ。でも実際それを実現するとなるとなかな
 か難しかったんだよ」
「素人じゃできないし、プロじゃすぐ採算を考えてしまいますしね」
「そう、でも最近ようやく本物指向が定着してきて、ステレオじゃあ飽き足ら
 なくなってきた人が多くなってきたから、採算にのるようになってきたんだ
 ろうね」
「音楽再生の転機ですね」
「うん。音楽っていうものがわかってきたんだ、みんな」
「BGMじゃなくって、ともに音楽と生きるようになってきたんですね」
「そう、時代は変わった」


  以上前半はコンピュータミュージックによるジャズ編、後半は生録音による
クラシック編でまとめてみました。