一般音楽編 第2話 <本棚> ぼくは一人暮しの学生だ。きっと遊んでばかりだろうって。そんなことはな いぞ、これでも毎日本を読んで勉強してるんだ。おかげで本棚だけは立派なも のをそろえたんだ。専攻は何だって。日本オーディオ環境変遷史というんだ。 なに聞いたことがない。それもそうだなあ。全国でぼくひとりだけだからな、 アッハッハ。さてこんなぼくのところに、オーディオメーカーから新製品のモ ニタ−依頼が来たんだ。 「あのー、この新製品のモニタ−お願いしたいんですけどね」 「今までのと、どこが違うの」 「マルチはマルチなんですけど、スピーカーがブックシェルフタイプなんです」 「それでぼくのところにきたのか」 「ええ、立派な本棚をお持ちと、うかがったものですから」 「誰が言ったかは知らないけれど、見ての通りですよ。スピーカーを置くスペ −スなんてほとんどありませんよ」 「まあこのスピーカーを見て下さい。ノートサイズのスピーカーですよ」 「ほんとだ。98ノートとおんなじ大きさだ。でなに、この狭いところから音 が出るの。幅が5センチしかないじゃないの」 「ここが最大のポイントでね、開発に苦労したんですよ。中音高音はなんとか なるんですけどね、低音が難しいんですよ」 「分かりました。セッテングはぼくに任して下さい。本がごちゃごちゃですか ら。えーと最初はこんなもんでいいですか」 「そうですね。これで音を出してみます。ボリュームはこんなもんでいいです か」 「はい、いいですね。しばらくこれで聞いてみましょう」 「確かにマルチ音源の音だけど、奥行き感がないですね」 「そういう指摘が多いんですよ。どうしてでしょうかねえ」 「実際セッテングに奥行きがないからじゃないんですか」 「ブックシェルフタイプですからね。奥行きのあるセッテングは想定してない んですよ」 「ということは、奥行き感は無理ということですか」 「このタイプのものは難しいんでしょうね、やっぱり」 「じゃあ、この新製品のモニタ−結果はバツですね」 「バツですか。このまま会社に帰るのはつらいなあ。改良のヒントはないもん でしょうかね」 「いい方法がありますけどね」 「ぜひ教えて下さい」 「奥行き感と言うのは、実際スピーカーが前後にセットされていれば出るわけ ですけど、ブックシェルフでは無理ですよね。それじゃあその代わりに、奥 に置きたいスピーカーから出る音を遅らせて、奥にあるように見せかけるっ ていうのはどうですか」 「なるほど、いいかもしれませんね。1メートル奥にあると、音速は毎秒○○ メートルぐらいだから、ざっと○○o秒遅れて聞こえるってわけですか」 「奥行き感さえ出れば、この新製品はマルです」 「分かりました。技術担当に検討してもらいましょう」 「これしばらく使っていいんですね」 「もちろんです。ほかに気に入らない部分があったらどんどん指摘して下さい」 「いろいろ試してみます」 よーし、これで決まったぞ。論文のテーマは狭空間におけるマルチ音源音場 の研究だ。がんがん書いて発表しようっと。