カラオケ編 第7話  <酒場にて>
「俺はカラオケなんぞ嫌いだ」  中年男がわめいている。 「あんなのどこがいいんだ。下手な歌うたって周りが迷惑だ」  連れの男がなだめた。 「まあまあそう言わずに、あなたも自分で歌ってみれば楽しいですよ」 「なに言ってやがる。あんなの音楽じゃない」 「みんなで楽しくやれればいいんですよ」 「だいたい人に無理やり歌わせようというやつがいるから、気にくわん」 「でも本当は、歌が好きなんでしょ」 「ああ、歌は好きだがカラオケは嫌いだ」 「シャイなんですねえ」 「何とでも言え、音楽は好きだがカラオケが嫌いなんだ」 「ストレス解消になりますよ」 「俺はこうやって酒飲んでストレス解消してるんだ」 「そうですか」  連れの男はそう言ったきり黙ってしまった。  音楽好きのためのカラオケ。音楽好きのためのカラオケ。音楽好きのための カラオケ。いったいどういうものがあるんだろう。その時彼の頭の中には、何 も浮かんでこなかった。 彼は家に帰って深い眠りについた。そして夢を見た。夢の中ではあの中年男 が楽しそうにカラオケで歌っていた。カラオケが嫌いだったのになぜ。しかも 好きな酒も飲まずに。彼は中年男に問いかけていた。 「どうしたんですか。カラオケは嫌いだったんじゃなかったんですか」 「これはカラオケじゃあないぞ」 「でもスピーカーから出てくる伴奏に合わせて、歌ってたでしょう」 「よく見て聞いてごらんよ」 「ああ、スピーカーが4つあって別々の楽器が音を出している」 「もっとよく聞いてごらん」 「少し楽器の音色が違うように聞こえるけど」 「そうなんだ。これはコンピュータによる自動伴奏なんだ。だからカラオケで  はないんだ」 「カラオケと同じみたいですけどね」 「カラオケと言うのは、録音した伴奏を使うんだろう。これは録音じゃないの。  演奏データを音源に渡すの。演奏家に譜面を渡すみたいにね」 「伴奏聞く方としたら同じことですよ」 「けじめのつかない奴だなー、しょうがない。じゃあ楽器別に別々のスピーカ  ーと言うのはどう思う」 「こっちは魅力的ですね」 「そうだろう。合奏と言うのはこういうものだ。一つのスピーカーからいろん  な楽器の音が一緒に出てきて、それが合奏と言えるかい」 「確かにおっしゃる通りで。合奏と言うのは別々の所から音が出てこないと、  合奏ぽくないですよなあ。小学校の器楽練習を思い出しましたよ」 「みんながそれぞれ自分のパートに責任もって演奏するから合奏が面白いんだ。  歌の伴奏だってその方がいいだろう」 「なるほどね。歌もパートの一つと考えれば、音の出るところは全部別々の方  が自然ですねえ、機械が責任持ってくれるかどうかは分かりませんけど」 「その辺はしょうがないやなあ。機械は機械だから」  ここで目が覚めた。その時彼は音楽好きのカラオケってこんなものなのかな とふと思った。 ある晩、彼はまた例の酒場に行った。いつもなら、常連のあの中年男がいる はずだ。しかしいない。 「マスター、あの人今日は来てないね」 「ええ、最近見えないんですよ。何でも家にとじっこもりだそうで」 「体でもこわしたのかねえ」 「いや、話によると音楽に夢中だそうですよ。歌もうたってるとか」 「バンドでもつくったのかしら」 「どうでしょうかね。家の中でバンド演奏は無理でしょう」 「それじゃあ、ひょっとして・・・」 「ひょっとして何です」 「あの人の趣味何だっけ」 「オーディオか機械関係、いやコンピュータ関係だったですかね」 「家わかる」 「ええ、すぐそこですよ。○○スーパーの南3件目ですよ。Kという表札が出  てますよ」 「どうもありがとう」  彼は酒場を飛び出し、Kの家に向かった。家はすぐ分かった。歌声が外まで 洩れていたからである。 「ごめんください」 歌声が止んで、あの中年男が顔を出した。 「何だ、君か。どうしたんだね」 「酒場にも顔を出さずに毎日家にいるというんで、どうしたかと思いましてね」 「それはどうも。気を使わせてすまない。なに、ほかにちょっと夢中になるも  のができてね」 「歌が聞こえていましたが、やっぱりカラオケですか」 「カラオケじゃないよ。まあせっかく来たんだから上がってくれ」 部屋の中は、コンピュータとオーディオ装置でいっぱいだった。 「ああ、やっぱり」 「やっぱりどうしたんだい。わたしの趣味を知っていたのかい」 「いやこれと同じ様な夢を見たんです。コンピュータ自動伴奏のカラオケの夢  です」 「これはカラオケじゃあないぞ」 「でもスピーカーから出てくる伴奏に合わせて、歌ってたでしょう」 「よく見て聞いてごらんよ」 「ああ、スピーカーが4つあって別々の楽器が音を出している」  いつしか、どこかで聞いたことのあるやりとりが繰り返されていた。