魅力に富んだ国 トルコ  
       
                            7/5-16, 2009

 「高校時代に、世界史を勉強していてよかった」というのが、今回のトルコ旅行の第一印象でした。 2年前、高校での世界史の未履修問題がありましたが、大学入試に関係なくても、高等教育を受ける人はやっぱり一応勉強しておくべき科目と思います。

 知識としてはほとんど忘れていたけれど、ヒッタイト文明、トロイの木馬、ローマ帝国、十字軍の遠征、シルクロード(絹の道) 、オスマントルコなどの言葉は記憶にあり、現地ガイドさんから聞く遺跡の歴史的説明がすんなりと耳に入ってきました。 旅行社の観光パンフレットのある「神秘の造形美カッパドキア奇岩群」「幻想的なバムッカレの石灰棚」 「エキゾチックなベリーダンス」といった謳い文句はほんの表面的なもの。 先月号のお便りにも書いたように、トルコという国よりも、「東西文明の交差点」として栄えたイスタンブール(世界最大の都市といわれている)に行ってみたいという思いが強かったのですが、今回旅行をして、トルコは日本など比べ物にならないくらい古い歴史に富んだ魅力的な国だということを知りました。 

 トルコは、ヨーロッパなのだろうか、それともアジアなんだろうか。 トルコの首都アンカラに降り立っても、例のミミズの這うようなアラビア文字は見当たらず、すべてアルファベット。 女性たちも、色とりどりのスカーフをかむっている人は多いものの、イスラム教独特の目だけ出した黒ずくめのチャドル姿の女性はほとんどいない。 いたるところにあるイスラム教のモスクから1日5回、祈りのコーランが流れてくるが、テレビでよく見るように、立ち止まってひざまづいてお祈りを捧げる人はついぞ見かけませんでした。

 トルコは80数年前、ケマル・アタチュルクという人が革命を指導し、腐敗したオスマントルコ朝を倒してトルコ共和国に変えた際、イスラム圏では珍しく政教分離、男女平等、アラビア文字からアルファベットへの移行、首都の遷都を実現、古い文化の保存にも力を注いだという。 トルコのリラ紙幣にも硬貨にもアタチュルクの顔が刷り込まれており、いたるところに彼の胸像が立っていました。 地元のガイドさんは「日本人は、トルコもイランやイラク、サウジアラビアなどのイスラム国家と同じと思っているが、全く違う。 政教分離が確立し、男女平等の民主国家なので、EU加盟を申請しているのです」といっていた。 ある日の英字新聞で、「130万人受験した今年の大学入試で、服装規則違反で26人が不合格」とあったのでガイドに聞いてみると、「最近、一部宗教的保守派がイスラム原理主義を唱え始めていて、問題になっている。 たぶん チャドル姿で受験したためでしょう」ということでした。

 トルコは日本の約2倍の広さですが、平均標高が1300mで、中央部には高い山がほとんどなく、なだらかな平地が広がり、その中をかつてのシルクロードが通っていて、30数キロごとに隊商宿跡(キャラバンサライ)が残っている。 その道を200キロほどをバスで走っただけでしたが、これが遠く中国までつながっていたと思うと、「こんな何の道しるべもない平原をよくもまあ、ラクダの隊商が行き来して交易できたものだ」と改めて感動しました。 カッパドキアで、写真撮影用にラクダに乗ってみたのですが、顔は地上から3mほどの高さになりました。 彼らの足跡が「シルクロード」なのだ。

 また、道の両側には、小麦やひまわり、ヘーゼルナッツ、トマト、豆類、てん菜、タバコ、綿花畑がつづいている。 ガイドの話によると、食料自給率は100%で農産物の輸出国。 この点で、同じ農産物輸出国のフランスが、トルコのEU加盟に強固に反対していると思われる。 トルコはいつでも、自給率300%まで生産できる耕地があるという。 「日本人は、イタリア製のオリーブやパスタなら高いお金を出して買うが、トルコ製なら買わない。 でも実際は、イタリアはトルコから輸入したオリーブや小麦を加工してイタリア製といって売っているだけ。 実体を知って欲しい」と訴えていました。 ここでも、ブランドをありがたがる日本人の姿が見えました。 近い将来、水と食料が世界的な問題になると予想されるだけに、自給率40%の日本と比べると、トルコの姿勢には感心させられるばかりでした。

 首都アンカラで「アナトリア文明博物館」を訪れました。 トルコ中央部のアナトリア地方で出土した、紀元前5700年の豊饒の女神の土偶ギメラをはじめとして、ローマ時代までの文化財が展示されていました。 中でも、紀元前1000年ごろのヒッタイト文明期の城壁や建物のレリーフ(浮き彫り)が多数、そのまま展示されてありました。 これらは、イラクのメソポタミア文明のレリーフの流れを汲むもので、私が小学生時代からあこがれていたものだっただけに、フラッシュなしの写真撮影はもちろん、直接手で触ってもいいといわれて本当に興奮しました。 いくら石の文化だとはいえ、信じがたいことでした。 ここが、世界に誇れる博物館というのもうなづけました。   

 この後、紀元前2世紀ごろのベルガマ遺跡、2世紀ごろのアフロディシアス遺跡、4世紀ごろのエフェソス遺跡などローマ帝国時代を中心たした遺跡を回ったのですが、イタリヤやギリシャの写真で見るのとそっくりな大理石製の神殿や競技場、門などがその現場でそのまま発掘展示されており、文字通り遺跡がゴロゴロ。 また、イスタンブールは、どの道路も大渋滞なのですが、どこを掘っても何かの遺跡にぶち当たるので、地下鉄建設ができないということでした。 トルコがこんなに文化のある国だとは全く知らなかったので、今回の旅は本当に収穫のあるものでした。 但し、今のトルコ人は、13世紀頃、モンゴル方面からこの地に入ってきて、オスマントルコ朝を打ち立てたということで、こうした文化の直接の継承者ということではないそうです。 でも、それらを破壊しつくさなかったという点では、尊敬に値すると思います。
 イスタンブールは、黒海とエーゲ海方面を結ぶ、幅約700mのボスポラス海峡をはさんで、ヨーロッパ大陸とアジア大陸にまたがっている、文字通り東西文明の合流地点の大都市。 いたるところで、建築ラッシュ。 日本の10年前のバブル期と同じだという。 この町だけでモスクイスラム教の礼拝堂が2500もあるという。 外国人観光客は、年間2200万人あるが、このうち日本人はわずか20万人以下という。 ガイドさんは最後のバスの中で「トルコ人は日本人を、日露戦争でロシアを破った勇気のある国民だ、と尊敬している。 日本人は、勤勉で、優しく、礼儀正しく、正直で、家族を大切にする国民だ、ということをトルコの田舎の山奥の羊飼いでも知っている。 ところが、日本人は、トルコをアラブの中の一つで、未開なイスラム教の国のようにしか思っていない。 トルコのことをもっと知ってもらいたい」と力説していました。


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