ホルトの木の下で  
          
堀 文子著 幻戯書房 181ページ

 著者は82歳の時、「幻の花 ブルー・ポピー」を探してヒマヤラの高山に登り、夢を実現させて話題になってやっと、私は彼女の存在を知りました。 現在、著者は90歳。 隔週刊誌「サライ」に「命といふもの」というタイトルで、季節の草花の絵と、それにまつわる彼女の想いを綴っています。 私はその絵よりも、彼女の鋭い観察眼と知識に感心して読んでいます。 

この本は、彼女の自叙伝です。 父親が大学教授で、東京・麹町に屋敷を構え、子供たち一人一人に女中さんがつくほどの名家の子だった。 しかし、食事一つにも姉や兄を優遇する家のしきたりが気にいらず、幼い時から反抗心や好奇心が強く、゛庶民゛の子供や不良っぽい同級生と友達になったりする。 高女時代、2・26事件に遭遇、自宅の庭を軍隊が行進してゆくのを目撃。 その後、親の反対を押し切って画家を志して家出し、徳川義親公、土門拳、富本憲吉などと交流を持った。 外交官の夫の死後、彼女の絵が気に入ったというアメリカ人大富豪から贈られた3年間有効の世界一周の航空券を手に、43歳で女一人、海外放浪の旅に出る。 特にメキシコ原住民の美を愛する気持ちに衝撃を受け、「文化や芸術は、その国の生活なり民族が生むものだ」と痛感、日本のよさや自然の素晴しさに目覚め「自然とともに生きる」決心をする。 70−80歳にかけて「一所不在」の気概で世界の僻地を旅して回るが、病気のために不自由な身体になる。 それでも「感動できる世界を」を求め、現在、最高級の電子顕微鏡を買い込み、ゾウリムシやミジンコなどの微生物の生命の神秘に触れてその姿を描き続けている。

 この本を読み終えても、タイトルである「ホルトの木」は一向に登場しない。 「あとがきにかえて」のあとの「追記」にやっと出てくる。 自宅の向かいの屋敷が売りに出され、その庭にあった、樹齢五百年の巨木(ホルトの木)が切り倒されることになった。 彼女は、県知事にも働きかけたがうまくいかず、「利益追求を国是とし、自然破壊を恥とも思わぬこの国への怒りが爆発」して、結局、彼女が全財産をはたいてこの土地を買い取ってこの木を救ったという。

 こんな高齢になっても、これだけの好奇心を維持できる人であり続けたいと痛感しました。

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