「夢のあと」     シャーウィン 裕子 著   講談社  375ページ

 小さな新聞広告に書いてあった「日本人が、最初、英語で書き下ろし、イギリスやアメリカで出版されたものを、自ら翻訳、改訂した日本語版」という文句に惹かれて購入した本です。 

英語の原題が”Eight Million Gods and Demons”(八百万(やおよろず)の神と悪魔) というのにも興味を惹かれました。

福沢諭吉の高弟であった著者の祖父を中心に、明治、大正、昭和の激流の時代を生き抜いた一族の伝記的事実をフィクション化した小説です。 「世界中に大きな悲劇をもたらしたあの戦争の時代に異常な極限状態で戦って死ぬことを強いられた日本人が多かったこと、それにもかかわらず人間らしく美しく生きた人たちもいたということを世界の人に知ってもらいたいという、小さな願いをこめて書きました」 と著者自らが「あとがき」で述べているように、愚かな戦争に対する激しい憤りを縦軸に、男や戦争に翻弄されながらも、日本的な愛のかたちを貫いて生きる女性たちの姿を綴っています。 

 日本の女子大を卒業後、アメリカに30年、スイスとイギリスに各9年住んでおり、名前から判断してもアメリカ人と結婚されたと思われますが、「歳をとるにつれ、なぜか郷愁の想いが募り、自分は日本人でしかあり得ないのだという感慨につまされています」という。 日本での生活がわずか20数年しかないのに信じがたい、と思わせるほど「久しぶりにきれいな日本語の文章を読めた」という気持ちになりました。 この小説に「花」という名で登場する祖母が愛用した総刺繍の丸帯の一部を表紙に使ってあり、著者の日本への思い入れが伝わってきます。

 題名の「夢のあと」は、「夏草や つわものどもが 夢の跡」という芭蕉の句からの引用という。 「終戦のあの夏の日に、すべてを失って原点に立ち戻った日本人の姿を、芭蕉はその昔に詠いあげていたような気がします」という著者は、伝記のフィクション化を通してその姿を見事なまでに描ききっています。 ちょうど今、読書週間ですし、秋の夜長、皆さんもぜひご一読をお勧めします。

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