中年夫婦のアメリカ・ホームステイ
(10) 24時間警護の住宅街

「私たちの身元保証人が必要なら、この3ヶ月で知り合ったアメリカ人の友達がいますが・・」

 「保証人 ?  そんなものは必要なし。 私はこれまでに何十人もの日本人や中国人を見てきています。 私の目に間違いはないわ。 あなた方を見ただけで分かります」

 高く巻き上げたブロンドのカツラをかぶった中年女性が、早口でまくしたてた。 このホテルの所有者ミセス・クロースだという。 ホテルといっても、ダウンタウンの商店街の一角にある実に古ぼけたビジネスホテル的な安ホテル。 ホテルといえば、きらびやかな装飾を想像する日本人にとっては、信じがたいほどの簡素な「薄汚い」とも思えるほどの代物。 それでも7階建て。 

 「主人の朝食の用意、プードル犬2匹の世話、メイン・ベッドルーム、バスルームの掃除、洗濯、週3の家の清掃と庭の芝刈り」が仕事。 その代わり、3畳ほどのベッドルームに、食費は食料品に限りレシートを見せれば全額支払い、大学へ通学する自転車を提供、小遣いを月200ドルあげるという。 電話口で旦那がいっていた150ドルより上がっていた。 ラッキー! 明日、早速、家を見せるという。 何か裏がないかと少しは心配になったが ・・ここは信じて話しに乗ることにした。

 ご主人のミスター・クロース氏が、古いキャディラックで知らない道を飛ばす。 いくつかの坂を上り下りして(サンフランシスコほどではないが、シアトルも坂が多い)黒人の住宅街を過ぎたところから、高さ3メートルほどの鉄格子の柵で囲まれた家が見え出した。 少しいくと、門があり、腰に拳銃をつけた警備員が2人遮断機の両側に立っていた。 フロントガラスに貼ってあるステッカーとクロース氏の顔を確認すると笑顔で遮断機を揚げた。 中にはいると、ムカサさんの家より広く、ほとんどが2階建ての家ばかり。 道路にはごみ一つ落ちていない。 クロース家はその真ん中付近にあった。 

 ブロードモアーと呼ばれる一角。 シアトルで生まれ育った白人たちでさえ、ほとんど足を踏み入れたことがないというゴルフコースに囲まれた長方形のような区域。 約100軒の豪奢な家が立ち並び、コースに面した家からは裏庭から自由にコースに出られる。 この周囲は鉄柵で囲われ、表門と裏門には警備員が24時間立っている。 あとで聞いた話では、このクラブハウスと警備の維持費だけでも、各戸が年間2500ドルを納める。 当時の換算レートでいうと約80万円になる。 さらにゴルフクラブの会員権も買わないとは入れないから、必然的に、医者、弁護士、実業家ということになる。 クロース氏は「安全を買っているんだよ」と言っていた。 また、お金があっても、このクラブには黒人やユダヤ人などは入れないことになっているという。 憲法上は人種差別など存在しないが、実態的には、白人は白人、黒人は黒人、ヒスパニックはヒスパニックでそれぞれ固まって住んでいるケースが多い。 統計的にも黒人の犯罪率が高いので、こういった排他的地域が生まれるようだ。 もちろん、家政婦や庭の芝刈りなどに黒人たちが出入りしているが、各家の主人から正式に申請があったものだけ。 私たちもすぐに、警備員たちに紹介されてから自由に出入りできるようになった。 

 後日、リックやトムたちも招待したが「隣接している大学の植物園にはよく来るが、ここに入るのは初めてだよ」と言っていた。 ほとんど毎日のようにこの中を散歩していたら、日本人の中年男性に出くわした。 話してみると、80歳代の老婆の家に住み込んでいて、どこかの語学学校に通っているという。 


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