中年夫婦のアメリカ・ホームステイ
(3) 求めよ、さらば開かれん
「私は日本のジャーナリストです。 取材旅行を始める前に英語を勉強したい」
あらかじめ下書きした英文を電話口で読み上げた。 電話は次々にリレーされ、そのたびに同じ文面を読み上げた。 4人目の女性が、「今すぐ大学の自分のオフィスに来て試験を受けられるか。 その成績を見て判断してあげる」と言ってくれた。
ホテルから歩いて10分ほどのところに大学はあった。 構内に入ると、歩道の両側には大きな木が何本も茂り、その周りの芝生の上では学生たちが談笑したり本を読んだりしていた。 そのすぐ側を木から降りてきたリスたちが駆け回っていた。 こんな雰囲気は日本の大学で味わったことがなかったので、私は一目で魅了されてしまった。
指定された建物の半地下の教室に入った。
「私はタローン教授です。 すぐに試験してあげます」 小柄な中年女性が笑みを浮かべて応対してくれた。 狭い部屋で数枚のペーパーを受け取り、黙々と取り組んだ。 全て○×式だったので比較的簡単だった。 しばらくして、教授が来られ、自ら英文を読み上げてリスニングテストになった。 半ばお手上げ状態。 すぐさま採点してくれ
「あなたは典型的な日本人留学生だ。 筆記試験はすばらしいが、リスニングはだめですね。 でもこの成績なら授業についていけるでしょうから、これから始まる夏期講習だけ特別に入学を認めてあげます」と即決。 事務部門に行って手続きをするよう言われた。 アメリカでは教授の力というのがこんなにも強いんだと驚きながら、内心「しめた !」と思った。
後で知ったことだが、この夏期講習というのは、9月の新学期から同大学や大学院に正規入学が決まっている、外国人留学生たち対象の英語特訓授業だった。 外国人がこの大学の入学許可をもらうためには、世界共通の留学試験 TOEFL でその当時で500点以上(現在は550点以上) とらなければならなかった。 もちろん私はそんなことも知らなかったし、留学が目的でもないのでそんな試験など受けていなかったのに、教授の一存でOKとなったのだ。
後日談を一つ。 この夏期講習が終わり、いろんないきさつから、あと1学期だけこの大学で勉強したくなったので、事務局に許可をもらいに行った。
「TOEFL試験を受けて基準に達していたらOK 」といわれた。 受験料が高かったのもいやだったが、何よりも正規の試験など受けて万一滑りでもしたら大変。
「夏期講習を受けたし、その成績も悪くないと思うのにまだ試験が必要なのか」と食い下がった。 すると相手は奥に引き下がり、上司と相談していたらしく、しばらくして出てくると「成績が良かったという教授の推薦状をもらえるか」という。 アメリカで推薦状というのは、書く人の名誉がかかったとても権威のあるもの。 単なる紹介状代わりという代物とはわけが違う。 だから当然書く人も慎重になる。 それなのに「もちろん」と勝手に請け合って、タローン教授にお願いにいった。
「あなたなら大丈夫だから、推薦状を事務局に送っておくわ」とお墨付きをもらい、晴れて留学生になれた。 それにしても、アメリカはすべからく自己主張の国だ、と改めて実感した。
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