中年夫婦のアメリカ・ホームステイ

(5) 小川の流れる家

 「私たちは芸術家夫婦です。 裏庭には小川が流れています。 夏休みにヨーロッパ旅行に出かけるので、草花と2匹の猫の世話をするという条件で、2ヶ月間私たちの家を貸します」

 大学の学生会館にある掲示板は、学生が何でも自由に張り紙できる。 特に夏休み前になると面白い。 「何日からロスまで帰るが、車の運転とガソリン代をシェアー(*利用者で折半する) しないか」というたぐいのものが一番多い。 「旅行中、* * ドルで犬を預かって世話をしてほしい」とか、上記のような、アパートを1ヶ月、居抜き (家財道具一式揃いのまま) で貸すというのも結構ある。 全く見ず知らずの人に家を丸ごと貸すなん日本では信じられないこと。 これが文化の違いということなのか。

バーンズばあさんの介護ホーム ? から早急に脱出することにした私は、多数の張り紙の中から、このペン書きの張り紙に強く引かれた。 大学周辺の学生向けアパートは、寝室プラス 1DK(ダイニングキッチン)で、月約180ドルだった。 この家は、大学からもバスで30分はかかるし、2ヶ月で400ドル、プラス、光熱費は実費という条件。 旅行者の身には少々痛い。 しかし、日本では、小川のある家に住むなんて夢のまた夢。 ひと夏、夢の体験をするのも悪くないのではないかと思い、電話を入れた。

道に面したところは2メートの以上もある生垣と杉の大木で覆われ、家が見えない。 木製の門を開けてはいると、数段下がったところに、まるで山小屋そっくりな木造の小さな家が建っていた。 崖っぷちに張り出して建っており、スロープを利用した庭には花木が植わり、周囲の家との谷あいに幅50センチほどの小川が流れていた。 生活廃水などではなく、正に清流。 家の中は、狭い 1DKに、暖炉のついた広めのリビングと狭いベッドルームにベランダ、その下の半地下の部屋にはベッドも置いてあった。 

彼らは私より 5,6歳若く、髭もじゃの旦那 リックは一見、芸術家タイプ。 でも実際はシアトル市立の小学校の教師。 小学校の教師が2ヶ月も夏休みを取れるというのも驚きだ。 夏休みの長さだけではない。 これも後で聞いた話だが、10年勤めると1年間の休暇が取れるので、そのときに大学院の授業をとってキャリア・アップ、すなわち給料アップを図るのだという。 確かに教師の給料は比較的に安いが、こんな権利が認められているというのこそ本当の豊かさというのだろう。
 いろんな話をしているうちに、お互いに気に入ったが、問題は家賃。 

「旅行中なので、光熱費も含めて350ドル」にしてくれと提案。 彼らも「家具、備品一切込みで2ヶ月も貸すのだから、信用できる人物でないとだめ。 あなた方なら信頼できそうなのでぜひ借りてもらいたい」と合意。 ここでも全て話し合い。 何事も黙っていることは同意したことになるのだ。

 2週間後、彼らが出発する前日に引っ越してきた。 リックが家中の植木に水をやり始めたので、我々がすると申し出ると

「植木にさようならと言って回っているんだよ」という。 なるほど芸術家タイプだ。

翌日から、彼らが使っていたベッドルームで寝ると、真上の天井にくりぬかれた天窓からきれいな星が見渡せた。 これで、介護役から逃れ、勉強に専念できそうだ。


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