中年夫婦のアメリカ・ホームステイ
(9) ただで一軒家に住む
 「下旬から1ヶ月、ニューヨークへ旅行に行くので家の留守番をしてくれないか。 1ヶ月も無人にしておくと泥棒が心配なんだ」

大学の夏期講習も終リ、リックとマーサ夫婦が旅行から帰ってくるので、家を明け渡さなければならない日が近づいてきた8月中旬。 マーサーアイランド島のバーンズばあさん宅に20日間ほど住んでいた時に知り合ったお隣のムカサさんから電話があった。

 街中の商店街は別にして、アメリカの平均的住宅は、庭付き平屋の一戸建て。 居住地域と、寝室の数と庭の広さで、住人の収入などがほぼ類推できる。 ムカサさんの家は、3ベッド・ルームで、広いリビングからはきれいなワシントン湖が一望できる。 リックやトムの家とは対照的で、「リッチさ」が感じられる。 全館セントラルヒーティングで、年中 華氏65度(23℃)に保たれ、夕方になると玄関を初め3ヶ所の外灯が自動点灯する。 車はもちろんキャディラック。 車庫の奥には日本で言えば業務用のような大きな冷凍庫があり、肉を初めとする食材が詰まっていた。 庭の草木の水遣りと芝生の刈り込みだけが条件だった。 「外出するときは電話を切っておく」ように言われた。 泥棒は、無人かどうか確かめるために、適当な業者を装って電話を入れるそうだ。 いかに空き巣が多いかということだ。

 もう1学期間だけ大学に通うことに決めていたので、ムカサさんの申し出は誠にありがたかった。 結局、隣のバーンズばあさんも施設に戻ってしまっていたので気が楽だった。 毎日のように、湖の浜辺まで散歩した。 1ヶ月分の家賃が浮いたのもありがたかったが、ここで奇跡的なことが起きた。 

ムカサさんは夕刊の配達は止めていったのだが、あと1週間ほどでムカサさんが帰ってくるという時、どういうわけかその日に限り、新聞配達の子供が夕刊を玄関先に投げ込んでいった(天気のいい日は、丸めた新聞を車道のところから約15メートル先の玄関をめがけて投げ込むのだ)。 「借家」の広告を見ていると、「1ベッドルームで月160ドル」というのが目についた。 大学からもそんなに遠くなさそうだったので、電話してみた。

 「もう借りられたよ」とそっけない返事。 恐らく朝刊にも載せていたのだろう。 「他に空き部屋をお持ちでないですか。 私たちは日本人の夫婦で、1週間後にここを出て行かないといけないんです」と思わず愚痴ってしまった。 すると、応対に出ていた男性が「なに、日本人夫婦? ちょっと待って」。 

・・・しばらく向こうの方でやり取りをしてから「私の家にステイしないか。 少し働いてもらうが、ベッドルームを提供、食費も支払ってあげるし、小遣いも150ドルあげる」という。 突然降ってわいた嘘のような話。
 「とにかく明日の午後、ダウンタウンのサボイホテルのロビーに来なさい」


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